セーフテイネットの構築を図りましょう2001/10/11

本田忠


セーフテイネットの要件

1)安価であること(自己負担率をできるだけ下げること)
 社会的コストを減らすために、医療の無駄を省き効率化する。質の向上をはかる。

2)全員が参加すること
  皆保険制度の維持。フリーアクセスの堅持。混合診療の禁止。
 医療に混合診療や株式会社など、各種市場原理を持ち込んでは、市場原理にのっとり競争することになり、医療費は高騰し、患者さんの自己負担が増加してセーフテイネットにならなくなる。医療は供給側、需要側とも最高の品質を求める財であり、そのような財は市場原理の元では価格は高騰する。
 公的部門を縮小して、民間主体にすれば安上りになると単純に考えるのは、幻想にすぎない。医療費を削減するとなれば、個人が私保険その他で老後に備えなければならないのである。しかも、私保険の方が社会保険よりも有利だという保証はまったくない。

3)公的保険で支える
 医療や介護は、市場経済から落ちた方をすくうネットです。社会的コストが低く、人びとが安心して生活できる形にしないと機能しない。そうでないと老後が不安な方は貯蓄に走り、個人消費が冷え込み、市場経済そのものがなりたたなくなる。老後の資金のほうは、自分に必要な貯蓄額を自分で設定できますが、医療や介護はかならずしも全員が多額のサービスを必要とするわけではありません。全員が直面するわけではないリスクに対しては、個人で準備する必要性は薄いのでどうしても手薄となる。やはり公的資金による社会保障制度の機能の意味は大変大きい。何より生活のあるいは老後の安心感の確保のためです。
 今の論議では、社会保障は、抑制に目を向けるあまり、その無駄が強調され、経済の「不採算部門」ないしは「捨てガネ」のようにあしらわれ、その積極的な生活の安全という意義が評価されていない。保険給付を減らし、患者自己負担を増やしたとしても、国民の実質的な負担の全体が軽減されるわけではない。
 このため、高齢社会への対応が後手に回り、国民に無用の不安を与える結果になってしまっている。その有形無形の経済的損失は、はかり知れないのではないか。

4)医療は経済活力を阻害せずサポートする
さらに、社会保障が経済活力に寄与することも忘れてはならない。それは国民の心理面だけにとどまらず、たとえば公的年金が地方経済の購買力を下支えしている面もあるし、社会福祉への投資がもつ乗数効果は、在来型の公共投資に比べてまさるとも劣らない、という研究も出てきている。社会保障は、景気、雇用への波及効果ももっているのだ。社会保障と経済活力とが二者択一であるかのような誤解を振りまいてきた一面的な指標は、もう退場させていい頃合いだ。 北欧のスウェーデンやデンマークは世界最高水準の国民負担率でありながら、一人あたり国民所得では世界ベストテンの常連国である。

構造改革の基本的な概念
1)小さな政府にして、民活をいれよう。市場経済の優位を再認識しよう
2)国家財政が硬直をただし、社会を効率化しよう
この路線は正しいと思います。しかし、市場経済の側面だけでは私たちの生活が崩壊してしまいます。雇用や福祉をどうするか。老後の安心をどの様に手に入れるか?

どの様に構造改革をサポートするか?
アメリカにも市場経済を補完する強力な装置があります。それは年間20兆円を超える寄付金、コミュニティ活動、NPO等です。これに比べ、日本の年間の寄付金額は、赤い羽根を入れて年間8千億円にとどまると言われています。両者の値は大変違います。米国の民間寄付は、大変な額に上ります。成功したビジネスマンは寄付をする。ビル・ゲイツでもそうですね。アメリカでは社会的にごく自然な態度です。だから、貧しい子どもたちや新しい移民が医療や教育を受けられる。

一方、北欧は高い消費税率を含む公的負担が市場経済に対する補完装置となっています。ドイツやフランスは社会保険制度です。このように形は何でも構わない。原始的なコミュニティ活動でも、農村共同体でも、昔風に会社が事実上の共同体であってもいい。何でもよいが、市場経済の補完装置は、市場経済の基盤たる健全な社会を保つために不可欠です。これらの装置が機能しなければどうなるか。政治家を通じたプライベートな利権とか、あるいは極端なカルトに近い宗教にそんな機能が期待されるようでは困る。では日本はどのような選択を行うべきでしょうか。比較的社会的コストが低く、そして相対的に人々の信頼を得られる手段は社会保障制度に他なりません。

財源

財源については、社会保険料だけでは空洞化していく、消費税との適切な組み合わせが必要です。しかし市場経済に対する効率的かつ維持可能な補完装置を日本で保つには、やはり社会保障制度が有効であると思います。これは特に医療と介護のような、現物サービス面でより強く言えるでしょう。老後の資金のほうは、自分に必要な貯蓄額を自分で設定できますが、医療や介護は確率的現象です。決して全員が多額のサービスを必要とするわけではありません。全員が直面するわけではないリスクに対しては、やはり社会保障制度の機能の意味は大変大きい。何より安心感の確保のためです。
 国際社会で競争しつつ、万が一の不安に対処するために全員が貯蓄をしたら、それこそ消費不足もいいところになります。年金のほうは万が一ではなく、ほとんど全員が高齢者になる国ですから、基礎年金以外は私的な仕組みの活用に移っていっても問題は少ないでしょう。しかし医療や介護は、長寿社会ではますますリスクを分散するための強制的な制度の意義は重要です。


まとめ
もとより医療の効率化をはかるべきではあるが、医療費を抑制するだけではダメで、積極的にセーフテイネットを構築して、老後の安心感をはかり個人消費の活性化を目指すべきである。

参考文献
基礎
(株)日本総合研究所JapanResearchReview1996年12月号
バブル経済の発生・崩壊要因とマクロ政策
政府
国民負担率と社会保障
社会保障給付費と国民負担率の推移
税金の国際比較(3)租税負担率と国民負担率
21世紀に向けての社会保障
財政・社会保障問題についての参考資料
大橋ゆきおの雑学講座「日本は重税国家か?」(01/08/03)
批判
朝日総研リポート January7,1999国民負担率の虚実>
「社会保障制度と国民負担率」に関するシンポジウム
現代の日本社会は市場経済によって動いています。21世紀はますます市場経済、それもローカルな市場経済ではなく、グローバル・コンペティションの市場経済に支配されていきます。これは嫌だから逃げられる類の予測ではありません。今更鎖国をするわけにはいかないからです。ますますその方向への変化が加速されるでしょう。それに対しわれわれは、市場経済に対する補完装置がどう作られているか、あるいは何が補完装置として機能しうるかをきちんと計画しておかなければなりません。そうしないと、市場経済の側面だけでは私たちの生活が崩壊してしまいます。
 要はセーフテイネットは、市場経済の補完装置であり、かつ雇用効果がありかつ、リスク分散の意味で公的資金で支えることに意義があるわけで、患者負担率が上がるような政策を行えば、セーフテイネットにならない。それではその他の分野の市場開放そのものがなりたたなくなる。