日本の管理医療(IT化の光と影)

ver2008/9/29 By T.honda


管理医療;日本版マネジドケア
1)疾病の管理;疾病管理プログラム、国家医療情報ネットワーク
疾病管理プログラムは医療の品質管理手法です
ITの徹底利用により管理は米国よりも徹底される
2)医師の管理:専門医制度の確立、成果主義P4P、総合医

疾病の管理

保険者主導で構築する
1)疾病管理プログラムDisease management
 医療の総合的品質管理プログラム(PDCAサイクル)
2)国家医療情報ネットワーク「NHIN」
 a)社会保障カード:各種データベース一元管理
 b)レセプトオンライン化:保険者機能強化
疾病管理プログラムはこれらのIT化により真に有効となる

IT自体は単なる道具
単なる道具に善悪はない
なんのため、誰のためのIT化なのか

疾病管理プログラム Disease management
保険者が構築する
1)地域健康情報ネットワークRegional Health Information Organization
2)社会保障カード;国民総背番号制;平成23年度
3)特定健診保険指導;平成20年度
損保などによる健康管理会社のプログラムはすでに完成している。
4)レセプトオンライン化:平成23年度
5)生涯電子カルテ「EHR」Electronic Health Record:社会保障個人会計
6)オーダーメイド医療支援システム


社会保障カード(ICカード)平成23年度中
国民総背番号制:1患者1カード
各種医療データベースを一元管理するキーテクノロジー

どのようなサービスが考えられるか
1)年金関連のサービス
2)予防医療関連のサービス
3)医療保険関連のサービス
4)各種電子申請のサービス

社会保障カードの機能
年金手帳
健康保険証
介護保険証
身分証明書
基礎年金番号の重複付番の防止にも役立つ。

オンラインによる保険資格の確認
医療保険資格情報のレセプトへの自動転記

1)ICカードの本人識別情報をキーにする
2)医療機関内
 社会保障カードと専門家カードを重ねてカードリーダへ。
3)中継データベースを経由して各保険者のデータベースにアクセス
保険者サーバへデータを送信する。
4)保険者サーバは被保険者であることを証明する。
5)レセコン・医事会計システムへの保険証情報の転記

社会保障カードの問題
1)誰が導入費用を持つのか
ICカードリーダなどのコストの医療機関への転化。
2)国民総背番号制度
3)プライバシー侵害
4)セキュリティ
5)管理医療

社会保障カード(仮称)に関する厚生労働省の調査について
日本医師会は協力しない
国民・患者の望まない管理医療やプライバシーの侵害に対する懸念
医療現場に大きな混乱をもたらすことは容認できない


レセプトオンライン化義務化
罰則規定:義務化
最終タイムリミット:例外なし
レセコンあり:平成22年4月1日
レセコンなし:平成23年4月1日
レセコンなし+月請求100件以下
 平成23年以降、2年の範囲内で別に定める日

選択肢
1)代行:レセコン未導入+代行入力:支払基金(日医案)
代行入力費用は実質マイナス改定となる。
2)実行:レセコン導入+オンライン請求

レセプト分析でわかること
1)レセプト分析
 個別医療機関の診療内容とその比較
 治療成績、傾向診療、濃厚診療などのデータ分析
2)他DBとのリンケージ
社会保障カードで、健診などの他DBと結びつけば、成果は飛躍的に上がる
3)日本では滋賀県で10年間行われた
韓国ほどICD10が浸透していないが、成果は上がっている。

データの収集・分析
診療報酬の審査だけでなく、診療の適正性を評価し医療の質の向上を目的とする。そのため収集されたレセプト情報を蓄積しデータウェアハウス(DW)化する。薬剤の使用実態調査,医療機関ごとの治療成績をリアルタイムで把握する。

韓国研究者によるレセプトデータベースを活用した成果
1)手術の実施件数と治療成績の関係
2)データリンケージによる障害高齢者の降圧剤服用状況
3)喘息の年間医療費の推計
4)糖尿病治療の継続率

日本;滋賀県国保連合会における医療費分析
約5,000人、10年間の追跡調査
健診受診者と未受診者との解析
平成6年、平成7年度に死亡した者の生前2年間医療費の解析
予防の動機づけの一環としての医療費分析
医療費の突出市町村の原因探求
高額医療費の分析−−一 透析医療費
糖尿病性腎症の予防の重要性
肥満と医療費の関連
飲酒習慣が医療費に及ぼす影響
高血圧が医療費に及ぼす影響
高血圧と糖尿病の合併と医療費の関連
蛋白尿と医療費の関連

現行のオンライン請求のメリット(支払基金)
1)受付時間が延長
 5日〜9日は17時から21時に、10日は17時から24時まで延長。
2)レセプトの事前チェック:受付・事務点検ASPの利用
 資格誤りなど事前チェックし、12日21時まで可能。
3)郵送より、安全。
4)審査後の増減点連絡書のデータ(CSV形式)をダウンロードできる
十分なメリットとはいえない。
郵送よりオンラインが安全ともいえない。

オンライン化に必要なコスト(概算)
一つの医療機関当たり費用
初期費用
1)ハード14.2万円
 オンライン請求用パソコン10万円
 電子媒体用読み込みドライブ1万円
 電子証明書発行料・更新料0.4万円:有効期間3年
ネットワーク回線接続初期費用約2.8万円
2)ソフト(レセプト電算導入費用)
 診療所25万円、病院300万円
維持費
ネットワーク回線費用約0.6万円/月
 Bフレッツ(ハイパーファミリータイプ)

医療機関全体でのコスト
医療機関数
  病院9千件 診療所88千件
 一つの医療機関当たり費用 × 医療機関数 =628億円
運用費用
 月額6千円×延べ件数
累計4年間で累計757億円(運用費用は継続して必要)

安全コスト High sensitive data
安全はタダではない
漏洩などのセキュリテイ対策費用の医療機関への転化
予想損害賠償額
判例では住基基本4情報で5千円1万円/人
病歴情報だと10万ー20万/人と推測する。

コストは誰が持つのか
 ネットワークのなかで責任分界点がどこになるにしろ、自分たちの利便性のためにネットワークを敷設する場合は、医療機関で費用を負担する。しかし公益性の高いサービスならば、それに応じて国で費用のことは考えるべき。個人情報漏洩保険も必要。

日医の見解
手上げ式を主張している。医院の効率化でもある電子化自体は反対はしていない
1)オンライン請求の環境整備に予算は必須
2)もし環境が整ったとしても、どうしても対応できない医療機関(小規模なところが多い)を排除することがないよう強く求める

レセプトオンライン化反対
義務化のみならず、オンライン化自体に反対する。
義務化撤廃で対応できる部分は少ない。
1)レセコンなしの医療機関の救済が最大の問題
2)導入メリットの拡大
韓国並のメリットを付けるべき

義務化撤廃で解消できるもの
廃業問題:最大の問題
廃業する可能性のある医院が約9%ある。(日医アンケート2008年)
1)営業権(職業選択の自由)の侵害
2)義務化に見合うだけの医療機関への具体的メリットがあるのか
 私有財産は、「正当な補償」の下に、これを公共のために用いることができる。しかし財産権を侵害するときは、その規制の対価=補償が問われる。十分な補償なければ財産権の侵害の可能性がある。
3)実質医師定年制として機能しているのではないのか。

営業権の侵害
職業選択の自由(日本国憲法第22条1項)
何人も、公共の福祉に反しない限り、居住、移転及び職業選択の自由を有する。
義務化により廃業に至れば、営業権(職業選択の自由)の侵害の可能性がある

財産権の保障(日本国憲法第29条)
1)財産権は、これを侵してはならない。
2)財産権の内容は、公共の福祉に適合するように、法律でこれを定める。
3)私有財産は、正当な補償の下に、これを公共のために用いることができる。
財産権の侵害を行うなら、正当な補償が必要。

義務化撤廃で解消できない
1)コスト問題:導入維持コスト、安全コスト(漏洩保険)
 医療機関で費用を負担する。
2)管理医療:レセプト分析
 審査強化;傾向診療、濃厚診療などのデータ分析も可能
 医療分析:レセプト分析、他DBとのリンケージ
  診療の適正性チェック、薬剤の使用実態調査、医療機関ごとの治療成績、医療費分析、ガイドライン作りへの利用

考えうる対応案
1)義務化撤廃:手上げ式、選択枝の拡大(FD提出、手書き)
2)導入メリットの拡大;韓国並の導入メリット
3)環境整備の予算確保=診療報酬上の予算化
4)管理医療対応
a)個人情報保護法対応:国民総背番号制
b)レセプト情報は診療報酬振込み以外には使わないという誓約
 分析は保険診療契約範囲内ではある

韓国並の様々なインセンティブをつけるべき
1)診療費の早期支払い
2)請求周期の短縮
月単位の原則を入院に限っては週単位でも可能とした。さらに短縮して、日単位請求を検討中。
3)審査を2年間免除。ただし抜き打ち審査が行われる。
4)経営分析データ提供
 同規模の医療機関の平均的経営状態のデータが得られる。


疾病管理プログラム Disease management
 保険者主導で、品質管理手法であるPDCAサイクルPlanDoCheckActionで、患者指導、医療機関選別を行う、予防から疾病までの医療の総合的管理医療システム。
予防;特定健診保険指導:予防データベース
疾病;レセプトオンライン化:疾病データベース

PDCAサイクル:保険者主導
1)集団特定プロセス
2)エビデンスに基づく診療ガイドライン
3)医師とサポートサービス提供者(保険者)の連携による診療モデル
4)保険者による患者自己管理のための教育・啓発
5)保険者によるプロセスとアウトカムの計測,評価ならびにマネジメント
6)保険者による定期的な報告とフィードバック

保険者の指導の実際
1)集団の特定(費用対効果の検討と予測):特定健診、レセプト等から階層化
2)介入
介入:利用者へ保険指導を行う
介入:医師・コメディカルスタッフへ指導を行う
3)分析・評価
4)質の管理(フィードバック:継続的なアセスメント)
介入プログラムやアセスメントの内容・精度,階層レベルを修正する。

管理プログラムの提供:疾病管理会社
米国には、150以上もの疾病管理会社がある。
日本では経産省により、保険指導プログラムが作成された。
担い手は損保ジャパンなどの企業共同体。
多種多様な業者が参入。

各システムの連携は保険者主導で行われる
1)地域健康情報ネットワーク(Regional Health Information Organization)
 保険者を広域化して経済基盤強化して、地域のネットワーク構築。
2)社会保障カード:国民総背番号制度
 各種のデータベースを患者毎に一元管理。
3)特定健診保険指導;予防データベース作成
 予防から保険指導プログラムにて患者管理する。
4)レセプトオンライン化
 ICD10による疾病データベース作成
5)生涯電子カルテEHR(Electronic Health Record)
 患者ごと、医療機関ごとに予防から疾病までのデータ集積
 社会保障個人会計にもなる
6)オーダーメイド医療支援システム
 総合すれば、個人の嗜好まで徹底管理指導可能。


国家医療情報ネットワーク「NHIN」National Health Information Network
平成23年度に完成
保険者が疾病管理プログラムで使用する全てのデータをデータベース化する。
疾病管理プログラムはデータベース化(NHIN)で真に有用となる。
1)社会保障カード
2)特定健診保険指導
3)レセプトオンライン化
2と3は1がなければ結びつきません。
診療所ごとの傾向診療や治療成績などは簡単に出ます。
診療ガイドラインとの結びつければ治療法にも関与できる。

投資額
 国民1人当たり3万円ほどの予算=3兆円の投資。

誰のためのシステムなのか
1)医療費削減;医療の無駄を除く
2)保険者機能強化
「疾病治療」を、効率のわるい、非徹底な「医師」からとり上げ、「地域全体」で「保険者」がトータルで管理する。

日本版マネジドケアの完成:世界に冠たる管理医療国家
広域連合も作り、国からも厳しい目標も設定された。
損保等の民間保健管理会社にとっては巨大な健康産業市場の創出。
IT化によりアメリカのマネジドケアより、強力にコントロール可能。
実現を阻むのは、保険者の力量とNHIN構築に要する膨大な予算のみ。
構築コストは保険者や医療機関へ一部転化される。


医療の範囲の縮小;慢性期医療の切り捨て
急性期医療
       > 機能分化、集約化、包括化
亜急性期医療
   慢性期医療  →総合医、包括化
          介護、介護予防へ

様々な医療費抑制策
1)一日患者数制限
 時間要素の導入:外来管理加算
 評価の導入;患者満足度など成果主義=P4PやVBP
2)外来受診回数の制限
 日本は外来受診回数が多い。:薬の長期処方、迅速検査など
 フリーアクセスの制限:総合医制
結果として診療所の小規模化

診療報酬制度
1)包括化:DPC
  包括化は原価を反映しない。無駄が多くなる。
2)成果主義
a)P4P:Pay for Performance
b)VBP:value based practice
c)quality and outcomes framework

成果主義:P4P
  医療のアウトプットにより報酬をかえる
医療機関が、高質で効率的な医療サービスを提供した場合に、高い診療報酬を支払う。悪いところにはペナルティを課す
成績を上げるために重症患者を扱わない病院が出てくる

日本版P4P案
1)臨床指標
2)診療ガイドライン準拠率
3)ジェネリック医薬品の使用率
4)クリテイカルパス使用率
5)IT化率、情報開示率
6)患者満足度
7)連携パスと臨床指標の組み合わせ


医師の管理
医師の管理強化:医師は職人である。医師の階層化は避けるべき。

1)医師の階層化:専門医制度の確立
医師を総合医(開業医)と専門医(勤務医)に階層化(制度化)する。
2)臓器別専門医の削減:専門医不足
3)総合医の創設:患者及び医師の管理強化
 診診連携の否定、臓器別専門開業医の否定
 零細化、グループ診療、独立開業医の没落、質の低下
最重要課題
 職人にとっては、給料よりも仕事しやすい環境作りが大切


専門医制度と報酬
大原則:医師免許は一つ。
職能給をあげれば反発によりかえって離職率が高くなる可能性が高い
1)ごく少数の名医と大部分の低賃銀を生み出す。
開業医など負け組の最たるもの。
2)人件費の高騰となる。僻地は不利
3)労働時間についての不満は賃金より離職につながりやすい。
4)現場の管理強化への反感:医療の官僚化
 様々な専門医制度、ガイドライン、内部評価によるしめつけは瑣末な事務仕事の増大となる。反感を招く

成果主義に関する論点
能力給の是非(経験年数)
多くの企業で、勤続年数の長い者ほど格付けが高いという疑似年功的な運用がなされているのが職能資格制度の現実。
 安易なインセンティブの使用は、それが報酬としてもたらされなかった時に罰として機能する。また仕事そのものへの興味を失わせる
インセンティブの使用が労働者のモラルに及ぼす影響
 報酬を増やしても労働満足度が大きくなるとは限らない。低い評定の動機付けの面での問題点がでる。結果としての退職や、現場のモラルダウンの発生をまねく。
現場のモラル低下
 管理者への敵愾心、経営側の誠実と公平に対する冷笑的不信、組織の他の部局との協力の重要性に対する無関心


総合医について
現在の保険診療でのモデルは以下の2つ
1)人頭制準備モデルである後期高齢者管理料
 主病は一つ、主治医は一人、主算定機関は一つ
2)入院中の他科受診制限規定
「主治医は一人」は入院中の患者に比定される。
入院中の患者さんの他科受診は厳しく制限されています。

イギリスでの総合医の状況
1)一人で開業する形態はほとんどない
家庭医の約5分の4が、グループ診療を行っている。
2)GP一人あたり登録患者は約1,0001500名。
3)家族経営であるところも少なくありません。
4)自由に通院先のGPを選択できますが、一旦決めたら、継続する。
5)患者さんは、専門医による治療を阻まれると思うことが多い。
6)GPと専門医とのコミュニケーションが大変悪い

日本で予想される状況
1)登録される予想患者数は他国に比べて著しく少なくなる。
2)登録された患者さんが全て受診するわけではない。
3)診診連携の激減;重複受診はほとんどなくなります。
4)他院受診は原則転医となる。入院中の他院受診規定より類推。

総合医の問題点
1)非効率:待ち時間の増大
a)他科受診制限
b)予約を取るのは、はなはだ効率が悪い
c)専門医不足;臓器別専門開業医の減少
2)医師のキャリア交流や人事交流がない。
 現在の日本では、専門医と開業医の移動がある。
3)患者の反発
今の医療に慣れている患者さんに受け入れられるとは到底思えません。


医療側の対抗
国家によるIT化には、医療者主導のIT化で対抗する
1)効率化;医療の生産性をあげる。規模の論理の追求。
2)地域の医療連携
 医師会生協の発展系としてのINH構想。医師会事業の充実(急病、健診など)によるpay backの増加。人材プール事業、共同購入事業、福利厚生。
3)地域医療情報ネットワークの推進
 医師主導の地域医療情報ネットワークを強固にしていく。
4)医療介護複合体:介護や健診を行う。
5)医療に関するデータの集積
 経営分析にはレセプト解析だけでは不充分です。メディダスなどの経営分析も行う必要があります。


参考文献
日本版マネジドケア
http://www.orth.or.jp/seisaku/siryou/receipt/index.html
国家医療情報システムNHIN
http://www.orth.or.jp/seisaku/siryou/receipt/nhin.html
レセプトオンライン化の問題点(日医見解など)
http://www.orth.or.jp/seisaku/siryou/receipt/problem.html
レセプトオンライン対応について
http://www.orth.or.jp/seisaku/siryou/receipt/online1.html
回線について
http://www.orth.or.jp/seisaku/siryou/receipt/kaisen.html
ICD10
http://www.orth.or.jp/seisaku/siryou/receipt/icd10.html
疾病管理プログラム;特定検診保健指導プログラム
http://www.orth.or.jp/seisaku/siryou/receipt/kanri.html
総合医について:患者管理強化と開業医の管理強化
http://www.orth.or.jp/seisaku/syutyou/sougoui.html
専門医制度と報酬:成果主義批判:専門医制度の確立による、医師の階層化と管理強化
http://www.orth.or.jp/seisaku/siryou/receipt/payforpro.html
メディダス「医療・介護経営実態調査」中止のお知らせ(08/08/29)
https://www.acm.med.or.jp/medidas/hpcl/medidas/medidas_cancel.pdf
ORCAプロジェクトとは>定点調査研究事業について
http://www.orca.med.or.jp/das/index.rhtml
定点調査研究事業とは