医療と市場原理(効率化を考える)2002/11/15

本田整形外科クリニック 本田忠


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総論


 病院を効率化しましょう(まさしく小泉氏の構造改革)。

定義:効率化とは、費用削減することではなくて、資源を最適に利用することが経済学でいう効率化です。

市場原理と医療
 「情報の非対称」の存在下では、市場原理による競争による質の向上と効率化はなりたたない可能性が高い。またそれは同時に医療の高騰になる恐れもある。

1)医療の質の向上と効率化は、必然的に価格の高騰を招く

 医療においては、質の高いものを供給しようというインセンティブが非常に強い。また顧客の側も質を求めている財である。こういう財は、規制緩和によって価格が上がりかねない面がある。ちょうどアメリカにおいては専門家の給料が非常に高い。医療に市場原理を持ち込んで、競争させて、質は高まるかもしれないが、当然価格も高騰する可能性が非常に高い。従って国としては社会保障制度を支えきれず、皆保険制度が崩壊し、貧しい方々は医療を受けられなくなる。ちょうどアメリカで今現在行われている医療となる。
医療資源と、従事者が集積されれば医療費は高騰する。
職種別にみた病院の従事者数及び100床当たり従事者数の年次推移
病院の100床当たり医師、看護師・准看護師数の年次推移
医療機関病床規模別・病院機能別医療費

2)営利企業の参入と管理EBM。

 低医療費政策下では、ペイしなければ企業の参入意欲はえられない。経済的インセンティブをつけるためには、混合診療を大幅導入しないといけない。収益性を第一義にすれば医療の提供は収益性の高い部分に集中し、コストのかかる患者が敬遠されるおそれがある。いわゆるクリームスキミングである。
 標準医療を定めれば、日本全国で標準的な医療が行われることになる。質の向上には若干役立つとは思われるが、狭義の医療では、差別化が出来づらいことになる。競争にはならない。従って競争は、いわゆるフィットネスや、民間療法、ハードなどの保険外サービスが主体とならざるをえないと思われる。
 保険外診療はかくて、際限なく増大し、質の管理はされず、医療はサービス産業と化し、営利企業による、保険外診療の草狩り場と化す可能性が高いと思われる。一方狭義の医療は低医療費のままに据え置かれ、質の向上は望みがたいこととなる。

3)逆選択(adverse selection)。
患者の逆選択
 情報の非対称の存在下では、患者さんは残念ながら正確な評価は出来ない。情報公開等により、少数のスター医師が生まれるではあろう。これは悪いことではないにしても、患者集中による、医療資源の無駄遣いにはなりえる。
医師の逆選択
 医療内部では、評判をよくして、治療成績を上げるために、クリーミースキミングが日常的になり、ハイリスクな患者はスポイルされる可能性もある。
いずれにしても日常的に悪貨が良貨を駆逐するという事態は起こりうる。

4)効率化
 医業経営の効率化に市場原理を持ち込めばすむのかといえば、そう簡単にはいかないのがこの財の厄介なところではないでしょうか?
 規制緩和論者が単純に主張するごとく、経営の効率化に、株式会社の手法を役立つとするのはよいが、それがそのまま株式会社方式が優れているイコール、株式会社を導入するとなるのかどうかですね。まずは扱う財の性質が基本的に異なるとは思います。
 規制緩和論者は、現状の病院の非効率の否定と効率化を求めるあまり、論理に飛躍がありすぎる気はします。医療経営者が株式会社の勉強をするのは大いに結構ですが、それが直ちに株式経営するということとは、全く意味が異なるということかと思います。病院経営のみの面からのみ、考えるのは視野が狭い。あくまでマクロ的な医療経済的な視点が大切な気はします。導入によりどういう影響が出るのか?

1)企業参入や株式会社にしたら、医療は効率化できるのか?
 これは否定的な論文が多い。企業が参入したから、医療の効率化が出来るかどうかははなはだ疑問である。実際に行うのは医療従事者ですから、考えてみればあたりまえ。
2)医療の効率化は競争原理によって達成できるか?
2-1)種々の財に競争を導入すると何が起きるか。
a)電話通信とか、宅配便とかは競争すると価格はどんどん下がります。
b)エチレンとか、コンピュータのDRAMみたいなものは自由競争の結果、価格は乱高下します。
c)レストラン、あるいはオペラ、コンサートとか、競争が激しいところで値段が下がっている兆候は全くありません。質の高いものを供給しようというインセンティブが強いからです。
つまり3種類の財は財として全然違うのですね。上の財は質が同質的で供給制限がない。一番下の財は供給制限があるのです。こういう財で、顧客の側も質を求めている財では、規制緩和によって価格が上がりかねない。医療というのはどれに属する、言うまでもなく(c)に決まっているわけです。競争の帰結は、弱者が排除されます。しかし、医療とか高齢者ケアというのは弱い人のためのサービスです。ここで弱い人が排除されてしまったら、自己矛盾です。
医療や、高齢者ケアというのは、弱い人のための仕組みとしてつくってきたのに、わざわざつくってある弱者救済の仕組みを壊してはいけない。効率化はすべきだけれども、競争原理を持ち込むとうまくいくというのは、全然答えになっていません。
2-2)営利企業と医療:使命
 営利企業というのは、悪徳だからやってはいけない。こんな馬鹿なことはないのです。営利企業は悪徳ではありません。営利性の本質は機会主義なんです。利益を上げることが経営者の使命ですから、儲かることしかやってはいけないのです。一方医療や高齢者ケアは儲からないこともしないといけない、そこにニーズがあるから行うのです。営利企業と医療機関では本質的な社会的な使命が違うわけです。
 よいシステムを作るためには、公正と効率というのが2本柱なんです。そのときに医療のように本質的に弱い人のためのシステムを、営々としてわれわれ作ってきたわけですから、そこでは公正感なくして効率は果たせない。逆に効率性がなくては公正は果たせない。こういうシステムであることをいつもわきまえて政策主張しないといけないことになります。
2-3)厚生労働省は、営利企業の参入を認めても医療サービスが適正に、また効率的に提供されることにつながらないと説明
その理由として、
1.一般の商品やサービスと異なり、(医学知識を十分に持たない)患者自身が必要なサービス(医療行為)を事前にきちんと判断・選択するのが難しい。
2.コストのかかる患者を敬遠する恐れがあり、救急医療やへき地医療などの不採算医療の提供を期待しにくい。
3.医療機関は地域的に偏在しているものの、量的な整備がほぼ達成されており、新たに営利法人の参入を認めて整備を進める状況にない
の三つを挙げている。
最後の大問題
2-4)医療費の高騰はどうすべきなのか
 競争原理を持ち込もうが、効率化しようが、医療という財は高騰するものであるようである。ではどの様なコンセンサスをえるのか?
枠を作って押さえられるものなのか?
きめ細かにやっていくしかないのでしょうが、総枠抑制論は、芸がないというか乱暴というか、思想性のかけらも感じられないのが淋しいですかねえ。いずれにしても医療の効率化と、医療費の削減は全く別問題である。

国家の役割

 医療を中心とする社会保険制度は、安全保障と同様、国家の基本的な役割です。社会共通資本としての、医療はどういう財なのかと言う問題 社会共通資本は「公平性」「信頼性」を基本とした制度でいくのが基本。その前提のもとに効率化を議論すべきではないでしょうか。医療という財は社会共通資本の観点からは公平性の高いものである。しかも株式会社にしたからといって効率は必ずしも上がらない。逆に医療費に高騰を招く可能性が高い。患者さんの負担増となります。従って、株式会社や営利企業の医療への参入には反対します。皆保険制度は維持すべきであると考えます。

市場原理の導入

 医療に営利企業の参入や混合診療導入、自由診療など市場原理を持ち込もうという動きがあります。また保険者機能の強化というお話もあります。医療における医師の裁量権と合わせて、どう考えるかということかと思います。
 医療にも全面的に市場原理を導入しようとすれば2つの改革が必要になる。すなわち国民皆保険制度の解体と、営利企業による病院経営の自由化である。しかも、病院経営への営利企業参入による医療の「効率化」は、アメリカにおける膨大な実証研究で完全に否定されている。我が国でも営利企業が開設している病院の大半が赤字に悩んでおり、将来、仮に営利企業による病院経営が認められたとしても、企業立病院が急増するとは考えられない。ちなみに90年代前半に、イギリス、オランダ、カナダなどで、保守的政権により、市場原理を導入する医療改革が試みられたが、所期の目的を達成できずに見直しが行われている。また市場開放により医療費の高騰が起こる。

市場開放論の代表例

営利企業の参入
 市場原理の導入についてまずは一般的な概観を述べてみます。わが国の所得格差は、現在行われようとしている、「聖域なき構造改革」の推進により今後拡大傾向に進むとみられます。
市場原理の導入により主張されている事に対する反論を述べてみます
1)自助:自己責任の原則を明確にする?。
 社会共通資本としての医療は必要ない。リスクは自分で負いなさい。弱肉強食のまさに鉄火場のルール。弱者保護という、社会共通資本の役割を忘れているのではないか。
2)営利病院参入により効率化を図る?
 必ずしも営利病院が低コストで運営されているとはいえず、逆に不採算医療の抑制や、支払い能力の乏しい患者を拒否するなど、クリームスキミング(良いところ取り)を行う傾向がある可能性がある。
3)コスト感覚を上げるために自己負担をあげましょう?。需要抑制
 医療費の75%は入院で使われている。いわゆる社会的入院を除き、価格弾力性のない分野である。自己負担増にしてコスト感覚をあげて、影響が出るのは、まさしく軽医療である。よって患者さんはより重症化するまで受診しないことになる。病気の大原則は早期発見早期治療である。情報の非対称の存在下では、需要抑制策は解決にならない。
4)医療の効率化と質の向上が競争で果たされる?
 また、医療の効率化とは質の向上、コスト削減である。質の向上は選択性(多様性)をますことではない。ましてや競争原理であがるわけではない。医療という財の性質上、医師も患者も質の向上に対する、きわめて強いインセンティブを持つ。質の向上とは、外科医にとっては手術成績の向上。内科医にとっては治療成績の向上である。技術革新こそがポイントである。開放論者の言う、保険外負担(自由診療)などのアメニテイを増やすことが、何故質の向上になるのか、ほとんど理解不可能である。それは医療の質の低下と、無意味な医療費の増加しかもたらさない。またそれは現状通り保険負担外であろう。アメニテイでしかない。サービスランチは保険外負担なのは自明である。
 社会共通資本である医療を、市場原理に委せれば、医療費の増加と、医療アクセスの不平等の拡大という副作用を生むことになる。医療においては、市場原理の単純なアナロジーは通用しない。医療に求められるのは、規制緩和ではなく、規制の再構築なのである。より効率的で、質の高い医療サービスの提供を促すインセンティブをどの様に構築するのかが問われている。本間氏を初めとする、経営諮問会議の論は、そういう意味では暴論に近いと思われる


保険者機能の強化

1)電子化について
 電子化は賛成ですが、普及率が低すぎる現状では事実上不可能でしょう。レセコンの無償配布など経済的インセンティブをつける必要がある。そうでないと、導入コストがかかりすぎ、中小医療機関の経営を圧迫する。
2)保険者によるレセプト審査
2−1)レセプト審査は一元的に実施したほうが効率的
 保険者直接審査というが、無床の医療機関である当院でも、100個程度の保険者がいる。病院クラスなら1000件は越すであろう。それにすべて別々にレセプトを郵送するのか?郵送事務が大変である。
2−2)審査権を、直接、保険者に与えれば、公平性が担保されない
 直接契約した場合、医療機関や患者さんの生殺与奪権は、保険者が握ることになる。医療機関は安くしないと保険者と契約できない。したがって医療機関は、必要な医療もしない可能性がある。この場合医療の質の低下が起こる。また公平な第3者機関がなければ、患者さんから、あるいは医療機関からの保険者への訴訟は急増するでしょう。現在でも、交通事故をめぐる被害者からの訴訟のほとんどは、保険会社相手の任意保険関係です。
2−3)インフォームドコンセントと相入れない
 保険者は、不必要な入院や、不適切な医療について、支払いを拒否するとともに、悪質な医師・病院を排除する権限も与えられ、いわば医療警察としての強大な役割を担わされる形になります。患者を診察して、インフォームドコンセントを行い、実施された治療に対して、一度も患者を診たこともなく、また患者と話したこともない、非医療者の保険者が「医学的必要性が認められないので保険給付をしない」と、反故にするのが利用審査の制度です。公平性の担保されない審査では患者さんも、医師もとうてい納得しないでしょう。
3)保険者と医療機関の直接契約による診療報酬の引き下げ
 診療報酬の割引契約が、認められれば、健保の加入者が決められた医療機関にかかった場合、治療費の総額や自己負担が安くなることになる。患者さんにとっては、一見、お得な制度になりえます。
3−1)患者さんにとっては不平等となる。
 現在は個人のリスクに関係なく、一定の負担で必要な医療を受けることができるように、医療機関へのフリーアクセスを確保しています。
保険者が一部の医療機関とのみ契約を結ぶシステムとなれば、
 保険者は、医療の質は二の次にして、安い医療機関を選ぶことになる可能性がある。また割引率は、医療機関と保険者間の力関係で決まる。保険者間の格差が目立つ中で、保険者を選べない患者さんの間で不平等が生ずる。フリーアクセスと公平性という医療保険の大原則が崩れる。これはいわば大企業の論理を強く感じます。他方、被保険者が保険者を選び、それを保険者は拒否できないとなると、賃金の低い人、年齢の高い人が集中した保険者の財政は、成り立たなくなる。

EBMガイドラインはEBMではない

 アメリカの医療におけEBMガイドラインは専門業者が作り、入院の日数まで決められている。それを保険者が買い取って一律に患者さんに適応する。患者さんのためのEBMではなくて、保険会社の経費削減のための、ガイドラインでしかない。根拠にのっとった医療というのは、あくまで患者さんの病態にあわせ、医師がEBMにのっとった文献を提示して、患者さんの同意のもとに治療を行うというものであろう。あくまでケースバイケースで、患者さんの同意のもとに行う個別的な治療であると考えます。
 定額医療制度(PPS)のもとで、EBMマニュアルにのっとり、機械的審査をすれば、医療現場では委縮診療となり、日本版患者残酷物語が出現する可能性が高い。DRGのみなら確かに診療の標準化には役立ち、病院の効率化と質の向上にはなりえる制度ではある。しかしPPSと組み合わされることで、結果的に米国では行き過ぎた医療費抑制策となってしまった。しかも、保険者の力が強くなりすぎて、医師の裁量権がなくなってしまった。医療の現場では混乱と委縮診療が起こったということかと思います。

DRG/PPSについて(保険審査)

 定額医療制度(PPS)のもとで医療費をEBMマニュアルにのっとり機械的審査をすれば、医療現場では委縮診療となり、日本版患者残酷物語が出現する可能性が高い。DRGのみなら確かに診療の標準化には役立ち、病院の効率化と質の向上にはなりえる制度ではある。しかしPPSと組み合わされることで、結果的に米国では行き過ぎた医療費抑制策となってしまった。しかも、保険者の力が強くなりすぎて、医師の裁量権がなくなってしまった。医療の現場では混乱と委縮診療が起こったということかと思います。理念は整合性は合っても結果は悲惨な事態となる。まさしく制度の導入にあたっても、そのアウトカムが問われる壮大な実験かと思われた。理念はそれなりでも、結果は悲惨なことになる。

混合診療の導入について

 ホテルコストは健康の範囲から外れるから、健康保険外です。「混合診療」の規制緩和、特定療養費の安易な拡大は、自費診療部分に民間保険が適用されるため、費用抑制効果はなく、かつ公私合わせた医療費の上昇をもたらす。同時に、診療の質の低下を招く可能性も高い。また、医療費抑制が目的であるからには、現在の、保険診療の範囲縮小につながると思われます。貧しい方は診療を受けられなくなる。安易に、自己負担増に結びつくような政策をとれば、医療はセーフテイネットではなくなる。避けるべきであるとは思います。

我々の提言する医療とは

  医療技術の進歩はめざましく、高度医療を扱う病院が増大する一方で、慢性疾患や老人の在宅医療などの地域医療の中心となる病院や診療所の強化も進んでいる。こうした、ますます多様化していく国民のニーズに応えるためには、まず医療原価をきちんと把握すべきであり、またそれぞれの医療機関の担うべき役割や機能をより明確にする必要がある。
 医療機関の合理化。国立病院、大学、自治体病院などの統廃合がはじまりつつある。医療機関の機能に応じて、病院と診療所を別の診療報酬体系にすることが必要である。さらに、診療報酬が医療にかかるすべての費用を補填するという考え方にこだわらず、施設や機器設備等の資本関連コストに対して、補助金や税金といった他の政策手段を積極的に活用することによって、病院機能の一層の充実を図るべきである
また健保や国保等の弱小の保険者の財政基盤が危うい現在、制度間の不均衡の是正。保険者の統廃合や事務の合理化は必要である。

医療費の支払い制度について

 診療報酬制度や、また保険の給付範囲について(民間医療、高額医療、命の値段)総枠予算制については
1)高額医療の財源について 移植医療や遺伝子治療など、高額医療の財源をどの様に考えるかというのはたしかに難しい問題です。小島先生のいわれる、勤務医のコスト意識の無さの問題もある。しかしすぐ支えきれないから、民間保険に移行という考えではなくて、まずは高額医療の内容分析をはかる必要があると思います。実際問題、患者さんを前にして自費だから諦めてくださいとは、なかなかいえないでしょう。
2)まずは内容分析を
 高額医療は、データ的には薬剤費と手術料が大部分を占めるというなら、薬剤費の妥当性や手術料の妥当性(機材の内外価格差)、ホスピタルフイ-の妥当性(人件費、その他、質の維持にためには、現在十分に診療報酬で補填されていない、拡大再生産に回るまでのお金も必要でしょう。)そこらをひっくるめた医療原価を、まずだして、その費用負担をどうするか、広く論議いただく必要がある。

診療報酬制度について

 DRGは疾患別の標準化というけれど、有り体に言えば行為別でなく、疾患別にパターン化した包括化でしかない。要するに荒すぎる。200や300の分類でチェックできるわけがない。これでは医療行為や内容の分析は出来ない医療の平準化(標準化ではなく)をはかり、オーバーした分は削ると言う、一律上から押さえる発想だけの診療報酬でしかない。これではコスト計算も甘いし、「合理的」な医療費の抑制は出来ない。だからアメリカは失敗したんではないか。
1)医療の原価を出しましょう
 医療の効率化のためには、医療の無駄を除く必要があるわけですが、そのためには、点数制度を現在の不充分な出来高と、包括化の最悪の組合わせではなく、急性期、慢性期を問わず、診療点数をすべて、真の出来高制にして、かつ診療行為の単価は、できるだけ医療原価を反映した点数にする必要があると思います。また、診療報酬が、医療にかかるすべての費用を補填するという考え方にこだわらず、施設や機器設備等の資本関連コストに対して、補助金や税金といった、他の政策手段を積極的に活用することによって、病院機能の一層の充実を図るべきであると思います。また健保や国保等の、弱小の保険者の財政基盤が危うい現在、制度間の不均衡の是正。保険者の統廃合や事務の合理化は、必要であるとおもいます。厚労省も保険者の体質改善には乗り出しているようです。
診療報酬制度を真の出来高制にして医療の質の向上と、透明性を確保しましょう出来高制は堅持すべきですが、より大切な事は医療の原価を正確に把握する事かと思います。原価より支払いが高ければ過剰医療になり、支払いが少なければ過小医療となる。いずれにしても健全な医療とはならない。原価を反映しない、包括化の跋扈は医療をゆがめる。内部矛盾が拡大する。それは特に急性期医療と高齢医療に顕著にでるでしょう。205点という包括化をして、おかしいというなら、当然DRG/PPSもおかしいことになるのは理の当然。同じ問題が出る。205円ルールは包括化の良い実験である。

急性期医療は出来高に

医療費の支払い制度について
 経済に対して医療費が増大しすぎるというが、国内総生産に対する国民医療費の比率は7.2%で、OECD加盟先進国中21位(97年)という水準に止まっている。

医療の裁量権の堅持

 プリンストン大学のラインハルト教授は,「誰かから細かく管理されたり常に干渉されたりすれば,実際に仕事をしている人に反感を抱かせるだけでなく,その勤労意欲を削ぐだけだということは、医療以外の分野では常識だった。マネジドケアは,こんな簡単なことに気がつくのに10年もかかった」と,マネジドケアの「革命的」決定を揶揄しました。医療にとって必要なのは、まず第一に、「評価」や「監視」や「管理」ではなく、医療従事者の働きやすい環境を作ることで、医療従事者の能力を最大限に発揮できるようにするべきである。技術革新は自由で闊達な環境でのみ行われる。管理強化で生まれるのは委縮診療だけである。医療現場は荒廃する。マネジドケアの失敗に学びましょう

医療の効率化と質の向上

 医療の効率化は、質の向上と、コストの削減によりはかられるが、医療という財の性質上、質の向上は、医師の教育と技術革新によってなされる。開放論者の言うごとく、競争原理や、選択性の向上(自由診療、保険外負担)ではかられるものではないと考える。医療の効率化は、まずは質とコスト感覚を持った医師を育てることが第一である。研修制度や専門医制度の充実が望まれる。

医療における情報公開の問題点。説明と同意の問題
 
患者さんのニーズの多様化は時代の流れです。それに答えるためにも、各病院の情報公開は、もっとすべきと思います。しかしはたして、単純に情報公開して、しかも「比較広告」すれば、すべては解決するのでしょうか?病気は非常に多様であり、従って患者さんのニーズも多様である。家庭の事情なども有るでしょう。そういう意味では、決められたルールなどないにひとしい。あくまで病気は、個人的、個別的なものではないのか。医師も患者さんの事情に合わせて、現場で柔軟に対処する(裁量権を、最大限に発揮する)必要があると思います。また、そのためにも、患者さんの意志の元に、自由に医療機関を選択できるフリーアクセスを規制すべきではないと思います。医療の効率化は質の向上と、コストの削減によりはかられるが、医療という財の性質上、質の向上は医師の教育と技術革新によってなされる。開放論者の言うごとく、競争原理や、選択性の向上(自由診療、保険外負担)ではかられるものではないと考える。医療の効率化はまずは質とコスト感覚を持った医師を育てることが第一である。研修制度や専門医制度の充実が望まれる。

良い病院、良い医者とは:名医リストというには意味があるのか
医療の効率化と質の向上

 
情報の非対称性を解消するシステムについて情報の非対称が解消されるわけではないでしょうが、少なくとも格差は下げないといけない。医療評価機構の実際の審査は、書面と丸1日のサーベヤーによる実地審査のようです。第3者評価機構がどの程度のランニングコストがかかりるのかはわかりませんが、結構高くつくようですね。また定期的に改定も行われるようです。ISO9000とどちらが有用か。評価の内容は若干異なるか。費用は同程度でしょうか。ISOの方が細かく規定されているから高くつく可能性がある。

介護保険

「医療保険の失敗」に、対するアンチテーゼとしての介護保険制度の出現により、より医療の市場化が明確になった。
1)民間企業の参入:民間企業の参入。複合経営する医療法人が増加する
2)保険者の強化:医療では保険者がたくさんいるため、日本では弱体化している。介護保険では、市町村ということで一元化された。
3)フリーアクセスの制限:介護保険では介護認定を受けた者だけがサービスを受ける。
4)給付の制限(混合診療):最低補償として給付の限界を明確にして、医療保険では認められなかった上乗せサービス、横だしサービスを認める。
5)情報開示:介護計画を明示し、契約して、契約内容をオープンにする。
6)標準化:サービスや介護の標準化を進める。サービスの中身は弱者救済、救貧対策あるいは所得保障というものではなく、医療保険にはなかった自立を支援する、あるいは予防を給付する。
7)負担の一元化;保険証は家族という形ではなく、すべての40歳以上の国民が持つということになる。
8)定額制:逓減制を伴う、一日当たりの定額制。
9)高コストの専門家の排除:医師の役割の相対的低下。より低コストなケアマネージャ、ヘルパーの参入

介護保険の現状

サービスの利用状況
制度利用率; 全国平均76%。施設介護は利用率が高いが、在宅がすくない。ある県のデータでは特別養護老人ホームなどの施設サービスが94・0%。在宅サービスは75・3%であった。ホームヘルプは37・7%であった。施設志向でかつ、退院したがらない傾向がはっきりしてきた。
患者負担の急激な増加:
 65歳以上の高齢者は、国の特別対策で、昨年4−9月は保険料を徴収されず、昨年10月−今年9月は本来の保険料の半額を納めていた。全額徴収の開始で、今年は年額ベースで昨年の3倍になる。利用限度額の範囲内でも経済負担が重く、思うようにサービスが使えないという声が大きい。
市町村による減免措置拡大:
 高齢者の保険料は五段階に分けられ、所得の低い人にはもともと減免措置が盛り込まれている。それでも、年収二百万円の人と、生活保護対象に近い人の保険料が同じになる。所得が低いほど相対的な負担が大きい「逆進性」がある
介護保険は家族介護の負担軽減になっていない:
 某県のアンケートの結果では介護者の肉体的・精神的な負担は「(介護保険以前と)変わらない」が半数近くを占めるほか、「増えた」も20%を超え、必ずしも家族介護の負担軽減につながっていない。
フリーアクセス制限(ゲートキーパー)の欠点が出ている:
 同上のアンケートでは、ケアマネジャーを通してサービスを依頼することが面倒が30%台で、最も多かった。

参考文献

医療政策を考える会