心ひとつに日本の医療を良くしよう

  医師会団結のためにー

川崎市立病院地域医療部長

 鈴木 厚

 

 はじめに

 勤務医は労働基準法を無視した過酷な労働に耐え,安い給料で重い責任を負わされている.医学部教員は,教育,診療,研究が重要な仕事であるが,雑用に追われ研究の時間すらとれない.大学教授であっても社会的地位は低下し,給料は下げられ,副収入も少なくなっている.大学教授の講演を聞いても外国の研究の組み合わせの内容ばかりである.

 開業医の平均年収は約2300万円で裕福そうにみえるが,生涯収入は学問への投資,開業資金,諸経費,福利厚生などを差し引くと,決して高いものではない.勤務医40歳医長の年収は国立病院で900万円,公立病院で1200万円,私立病院で1300万円,過疎地の病院で1500万円程度であろう.最近の報道ではフジテレビ社員の年収は平均1529万円(39.8歳)とされており,利潤のために日本人を愚衆化しているマスコミが,日本人の生命と健康を守る勤務医の年収より多いことがわかる.このようなことから医師の不満が増大している.

 医師の年収は20年前とほぼ同じで,日本医師会が勤務医,開業医の不満のはけ口となっている.そして「日本医師会は何をしているのだ」という声が大きい.しかし会員1人ひとりが文句を言っても,日本の医療は良くはならない.日本の医療を良くするためには,日本の医師1人ひとりが日本の医療制度の病巣を見いだし,その治療法を考えるべきである.その場限りの不満の言い合いでは解決の糸口は見つからず,井戸端会議のおばちゃんと同じである.

 日本の医療を良くするには,日本医師会に不満をぶつけるのでなく,各都道府県医師会,各郡市区医師会がどれだけ団結して日本の医療を変えるかである.植松日本医師会長のトップダウンに期待するのではなく,日本の医療を良くしようとする26万人医師全員のボトムアップの熱い気持が必要である.そして初めて国民が望む「安全保障としての医療」,「国民の生命と健康を守る医療」が実現するのである.トップとボトムの一致団結が日本の医療を変えるのである.

 昭和36年,日本医師会は全国医療危機突破大会を行い政府のもくろむ制限医療を阻止した.昭和46年には28日間の保険医総辞退という団結の歴史がある.当時の医師にはプライド,政治力,気骨があった.しかし国民皆保険制度の導入によって医師の生活が裕福になると,裕福の中で医師は去勢化されてしまった.国民皆保険制度は医師を裕福にしたが,医師はしだいにレセプトに縛られ,日本の医療は国家統制となった.そして医師は官僚の使用人に成り下がった.

 私たち医師にとって最も必要なことは団結である.しかしこれまで医師の団結力を示すデーターはなかった.この団結力を示す例として,今回,各都道府県医師会がどれだけ医師会として努力したかについて検討した.検討項目は,都道府県別・医師会加入率,混合診療解禁反対率,参議院議員西島英利氏への投票率の3つを指標に計算した.もちろんこの指標の合計が都道府県医師会の団結力と表現することに大きな異論はあるだろうが,ひとつの指標として参考になるであろう.

 

医師会加入率

 全国で最も医師会加入率が高いのは鹿児島県で97%の医師が医師会に加入している.これはダントツの加入率である.ちなみに第2位は長崎県の85%,第3位は広島県の75%である.鹿児島県の加入率が高いのは,鹿児島県医師会員は勤務医が67%,開業医が33%の割合で,勤務医の加入率が極めて高いからである.鹿児島大学医学部関連の勤務医1000人以上が医師会に加入している.これは歴代の医師会理事に鹿児島大学教授が選任され,歴代の理事が大学勤務医の加入に努力したからである.現在でも,鹿児島県医師会長・米盛學氏は鹿児島大学医学部に出向き新人医師に医師会勧誘の講義を毎年おこなっている.このような鹿児島県医師会の努力により医師会加入率第1位を成し遂げた.鹿児島県には12の徳洲会病院,24の徳洲会系診療所があるが,徳洲会の医師は医師会に加入していないことを考慮すると,鹿児島県の医師会加入率97%は驚異的数値である.全国の医師会加入率の平均は60%弱であるが,全国の医師会加入率を1に補正して各都道府県別に計算した順位を表に示した.

混合診療署名率

 昨年,日本医師会は混合診療解禁阻止の署名運動を行い,全国で526万票を集め,混合診療解禁反対を実現させた.署名の力は絶大である.320人の国会議員が署名紹介人となり,請願書は衆・参両院本会議において全会一致で採用された.日本医師会は各都道府県に集票を要請したが,最も多くの署名を集めたのは植松日本医師会長のお膝元である大阪府で89万票である.各都道府県には人口の違いがあるので,署名数を医師会員数で割り,全国平均を1として計算した.その結果,大阪府が2.06で第1位である.つまり大阪府の医師会員は全国平均の2倍の票を集めたことになる.第2位は島根県の1.96,第3位は佐賀県の1.8であった.

 日本医師会は混合診療解禁反対のビデオを作成し962群市区医師会に配布した.その後の群市区医師会のアンケート調査では,回答率50.7%でビデオを見ていないと答えたのは54医師会であった.無回答49.3%を加えると,半数近い群市区医師会ではビデオを見ていないと推測される.たとえビデオの内容に不満があっても,ビデオをみることから議論は始まるのである.そしてビデオの内容に不満があるならば,それを住民に説明補足すべきである.配付されたビデオを見ていないというのは言語道断である.

 

西島英利氏への投票率

 平成16年の参議院選挙において日本医師会は西島英利氏を応援し25万票を集め当選させた.最も票が多かったのは西島氏の出身地である福岡県で3.6万票,第2位は大阪府の1.4万票,第3位は東京都の1.2万票である.指標として投票数を医師会員数で割った全国平均を1として計算すると,福岡県が2.39で第1位,第2位は山口県で2.11,第3位は長崎県の2.01である.西島氏は福岡県出身なので地元の個人票もあるだろうが,もし全国の医師会が福岡県なみに団結して日本医師会推薦候補者に投票すれば,あと2人は追加当選できたはずである.日本医師会は西島英利氏が自民党第5位で当選したと喜んでいるが,それに甘んじていてはいけない.医師会員1人当たりの投票数は1.8票であり,自分の妻,息子が投票したわけではない.また日本の医師数は26万人であるから全ての医師が西島氏に投票したわけではない.

都道府県別団結力

 医師会加入率,混合診療署名数,西島氏への投票率,これらを合計した平均値を3として計算した.これを都道府県別にみると第1位は佐賀県の4.94,第2位は長崎県の4.42,第3位は山口県の4.32である.以下第4位鹿児島県,第5位福岡県,第6位愛媛県,第7位宮崎県,第8位島根県,第9位大阪府,第10位岩手県となる.

 

考察

 大正5年11月10日,日本医師会が誕生し,参加した医師の総数は4万3000人であった.日本医師会の設立の理念は日本の医療を良くするための情報交換と医師の社会的地位の確保であった.そして初代日本医師会会長に北里柴三郎が選任された.北里柴三郎の名声によって全国的規模の大日本医師会が結成されたが,北里柴三郎は研究者であり開業医ではない.しかし北里柴三郎の会長としての手腕は素晴らしいものであった.当時,医薬分業の法案を国会に提出していた日本薬剤師会に対抗するため,国会に議員を送ることを決議し,総選挙で14人の議員を当選させた.この戦略と戦術,危機感と団結力が,まさに今,必要である

 来年4月には診療報酬改定,介護保険改定,医療法改定,医師法改定が控えている.これらの改定内容によって日本の医療が大きく変わることは間違いない.今年の12月には改定の骨組みが決まることから,日本の医療が良くなるのも悪くなるのもこの半年が勝負となる.

 日本国民が日本の医療に望んでいることは「医療の質を上げて欲しいこと」,「医療の安全性を高めて欲しいこと」である.しかし医療費抑制政策ではこのふたつを達成することは不可能である.病気を持つ高齢者が増え,医学が進歩し,最新の薬剤や医療器機が導入され,日本の国民医療費は自然増となるはずであるが,平成12年度,平成14年度の国民医療費は前年度より減少している.厚労省やマスコミは,今でも国民医療費は毎年数%上昇していると述べているが,まったくのウソである.

 世界保健機構(WHO)は日本の医療を世界第1位と高く評価しているが,それは患者,国民が高度の医療を安い医療費で受診できるからで,世界第1位は医療機関の努力と自己犠牲によって達成されている.多くの医療従事者は多忙の中で,自己犠牲的精神を持ち日本の医療を支えているが,このことを誰も知らずにいる.そのため病院の職員は多忙にもかかわらず,患者の満足度は低く,病院は経営難に苦しんでいる.この数年間,医療環境は悪化の一途をたどっている.天国から地獄への移行が目前に迫っているが,医師も国民もそれに気づいていない.

 政府やマスコミは「医療費の論議を医療機関の儲け話」にすりかえ,さらに「医療事故を医師や看護師の資質の問題」にすりかえ,医療のあり方を国民の安全保障として真剣に考えていない.医師を含め,多くの国民は医療をサービス業と誤解しているが,医療はサービス業ではなく国民の安全保障の本幹である.このことを知らずに不満ばかりを言うが,これでは日本の医療は悪くなるだけである.日本人の「内なる安全保障」を支える医療に不備があるならば,諸悪の根元である医療費抑制政策をまず転換させることである.

 医師の使命は患者を治すだけではない.間違った政策,国民を不幸にする政策,間違った社会,これらを治すのも医師の使命と考えるべきである.医療の質と安全性を高めてほしいという国民の願いをかなえるため,国民を不幸のどん底におとさないため,また後輩医師のためにも何らかの行動,大手術が必要である.そしてそれを達成させるためには,ぬるま湯にひたっている医師会員1人ひとりが危機感を持ち,国民の生命を守るために団結することである.

 43歳でアメリカ第35代大統領になったケネディー大統領は,就任式で「国が諸君のために何をしてくれるかを問う前に,諸君が国のために何が出来るかを考えなさい」と演説した.まさに医師会も同じである.日本医師会をとやかく言う前に,医師会員1人ひとりが国民のため,腐敗した政策や社会の病巣を治すことに知恵を絞るべきである.医師が団結して正しい医療を説明すれば,看護師などの医療関係者も団結する.そして正しい医療の道を示せば,国民は正しい道に同意し,それを選択するはずである.医師が先頭に立って悪化の道をたどる日本医療を変える,あるいは日本の社会を変える,この意気込みが必要である.日本の医療を良くするため,心をひとつにして,今すぐにでも立ち上がるべきである.