診療報酬包括化への準備(1)原価管理聖路加国際病院 人事課長 渡辺明良
診療報酬の包括化はDPCの導入というかたちで具体的に進んでおり,この流れに対しては,近い将来民間病院への適用もあると想定したうえで対応を考える必要がある。その対応の一つとして考えられるのが,原価管理の徹底だ。
1 原価管理の高度化・精緻化は時代の要請
原価計算には,現行の出来高払いによる収益と,これを基にした部門別原価計算や診療科別原価計算から,DPCに対応した患者別原価計算や疾病別原価計算,医師別原価計算への展開が想定されるが,これには,主に二つの意味があると考えられる。
一つは,DPCによる診療報酬の包括化によって,この報酬に対応した患者別原価計算や疾病別原価計算を行い,経営資源が効率的に利用されているか,適切なコストで運営されているかどうかについて検証する必要が生じるということである。そのためには,診療データ収集のシステム整備や,場合によっては各部門の業務改善が必要となるだろう。その結果,原価計算により導き出される〔収益一原価=利益〕といったプロセスだけではなく,〔目標収益一目標利益=許容原価〕というように,原価管理としての院内業務プロセスの改善やコスト削減などがいっそう求められ,原価管理の重要性が各病院で高まることが想定されるのである。
もう一つは,診療報酬のマイナス改定や病床区分の見直しなどにみられるように,現在の医療経営を取り巻く環境は刻々としかも大きく変化しており,これに対応するための経営データが不可欠になるという点である。
病院経営環境の状況変化について,病院を飛行機に喩えて説明してみよう。従来,病院経営は晴れた空を有視界飛行している状態であり,また進路や着陸地点などは国や行政が示してくれていたため,パイロットである病院経営者はあまり計器を意識しなくても操縦できた。ところが現在は,飛行機は乱気流の中を飛んでいるようなものである。この状況下で飛行機を安全に目的地まで誘導するためには,機体の整備はもとより,レーダーや高度計や油圧計といった各種計器からもたらされるデータをパイロットが正確に把握し,判断する必要がある。もしこの判断を誤れば,墜落することさえありうるのである。
つまり,現在の病院経営を取り巻く環境変化にあっては,定量データに基づく経営意思決定がより重要となっているということだ。その意味において,原価計算手法の高度化・精緻化とそれに伴う原価管理が求められているのは時代の要請ともいえるのである。
2 原価計算の基本的仕組みと包括化時代 への応用について
いずれにしても,診療報酬包括化の流れにあって,原価計算手法の新しい展開が想定されることから,本稿では,まず各原価計算の基本的仕組みを整理し,これを基に包括化へどのように対応していくのかについて考えてみたい。
部門別原価計算
1経費については,委託費や研究研修費を別に分類する場合もある。どこまで詳細に分類するかは,経営管理の必要性やデータ処理コストなどを踏まえて決定する必要がある。
2部門をどこまで詳細に設定するかについても,経営管理上の必要性やデータ抽出の可能性などを踏まえて決定する必要がある。
図1
すでに多くの医療機関で行われている部門別原価計算は,図1に示すように,病院全体の原価を大きく「労務費」,「材料費」,「経費1」といった形態別分類から,各原価が院内のどの「部門2」で消費されたかを計測し,各部門に計上するというプロセスをとる。この場合,原価が消費される部門が直接計測できる場合は「直課」するとともに,各部門で共通的に消費され
るような原価については,適切な基準をもとに各部門へ「配賦」することになる。これにより,院内の各部門における原価が把握され,各部門の原価が適正かどうかを検討する。また,これらのデータをもとに,原価管理に基づく業務の効率化や業務改善目標の設定と実施といった経営管理への展開が図られる。
また,部門別原価計算では,最終的には病棟や外来の各部門を「直接部門」として最終原価単位に設定(図1のA)するため,人事課や総務課などの「管理部門」や医事課や病歴室といった「補助部門」,コメディカル部門を中心とした「中央診療部門」の各原価を,各部門におけるサービスの提供度に応じて「直接部門」に配賦していく。これにより,病院として医療サービスを提供し,収益上の単位でもある直接部門における総原価対収益を把握し,各病棟や外来における採算性を把握できるのだ。
診療科別原価計算
図2
次に,診療科別原価計算への展開として,部門別原価計算で抽出した病棟ごとの原価を,診療科別に再集計する手順を図2に示した。これにより,入院・外来それぞれの診療科ごとの採算性を把握することが可能となる。
再集計の際のポイントは給与費にある。医師の給与費の場合,部門別原価計算ではタイムスタディによって病棟別に集計されていたものを,医師別に再計算して,その医師の診療科に分けて集計することになる。一方,病棟看護師や看護助手の場合は,どの患者あるいはどの診療科にどのくらいのサービスを提供したのかが正確にわかるなら,そのデータに基づいて計算を行えばよいが,それはなかなかむずかしい。そこで,患者の重症度や看護必要度などに応じた配賦基準を設定し,これをもとに給与費を配賦することになる。
例えば,同じ入院患者一人であっても重症度によりサービス提供度が異なるとすれば,重症度Aは1.5,Bは1.2,Cは0.8というように,負荷をかけて計算することになる。
材料費については,病棟で使用された材料がどの診療科で使用されたものか,あるいはどの患者に使用されたものかが把握できれば直課することも可能と思われるが,そうでない場合は,各患者の材料収益比率などの配賦係数によって病棟の材料費を配賦することになる。ただしこの場合,診療報酬の包括化が進めば進むほど,収益比率による配賦はその意味を失うことになるため,患者レベルでの使用材料の把捉は原価計算上不可欠な作業になることが想定される。 さらに,経費については,患者数比率などの配賦係数により診療科別に集計することが想定される。
このように,部門別原価計算や診療科別原価計算においては,部門や診療科といった組織単位レベルでの原価の把握と,それに基づく経営管理への展開が中心である。しかし,診療報酬の包括化は,組織単位ではなく,患者や疾病単位レベルでの原価の把捉を必要とすることになるだろう。つまり,患者別原価や疾病別原価を考える場合,これを入院から退院までに消費された経営資源の測定と定義するならば,本来は,診療行為ごとに原価を把握していくべきだろう。これを精緻に行うためには,ERP(EnterpriseResourcePlanning=企業資源計画)的な考え方が求められることは,国立国際医療センターの情報システム部長秋山昌範氏(2003)も指摘している(5)が,高い精度でこうした原価計算を行う場合は,大阪市立大大学院の荒井耕氏(2001)も述べている(2)ように,計算方法の正確性だけでなく,そのための情報処理コストやそのために必要な情報の豊富さなども踏まえて構築する必要性があり,実現は容易ではないと言える。
つまり,患者別原価計算や疾病別原価計算を行う場合,当初からERP的なシステムを構築することは理想である一方,それができない場合は,これに準ずる手法の構築が必要であるということだ。
ERPに準ずる手法
図3
そこで,図3に示したような手法が考えられる。ここでは,各診療行為をその提供部門におけるサービス単位と位置づけ,各部門で提供されるサービスを特定し,その消費量を測定する。一方,当該部門全体のコストから,資源消費量に基づき,サービス単位ごとのコストを算出(サービス単位原価)。あとはそのサービスをどの患者が消費したのかを把捉し,これを集計する(患者別原価)。さらに,患者別原価計算をもとに,各患者の病名に応じて集計すれば,疾病別原価計算へも展開することができる。
この計算手法のポイントは,まず,部門内サービス単位をどのように把握するか,ということである。
患者給食部門を例に説明すると,患者給食部門における部門内サービスを,@流動食,A特別食,B一般食−の3つのサービス単位に分けて設定した場合,原価計算には,その3サービスを1ヵ月間にどのくらいずつ,誰に提供したのか,というデータが必要になるわけだ。
このように経営資源の利用度に着目して,各部門においてどのレベルの活動をサービス単位として位置づけるのかが重要である。これにより,計算の複雑性と精度が決まってくるからである。現行の診療報酬体系からサービス単位を設定していくという方法もあるが,現行の診療報酬体系には設定されていない診療行為もあるので,各病院において独自に設定しなくてはいけない部分もあるだろう。
また,サービス単位を決める判断の一つとして,どこまで細かくデータを抽出できるか,またその抽出にどのくらいの作業量を要するのか,ということも重要な要素である。前述したとおり,詳細なデータを抽出するために莫大な時間とコストをかけることは本末転倒になってしまう恐れがあるからである。
サービス単位が決まると,次にサービス単位の1単位当たりコストを算出する。この場合,各サービス単位を1回行うために要する資源消費量を測定し,これをもとに等価係数を設定するなどの方法が考えられる。
例として,患者給食部門における給与費について考えてみよう。1回当たりの作業時間をタイムスタディや現場ヒアリングなどを通して測定し,これをもとに,流動食は0.6,特別食は1.6,一般食は0.9と,サービス単位ごとの等価係数を設定した。ある1ヵ月のこの部門の給与費が52万円で,流動食100食,特別食50食,一般食1000食の提供があった場合は,52万円÷(100×0.6+50×1.6+1000×0.9) =500円となる。とすると,流動食1回当たりの給与費は500円×0.6=300円,特別食なら1回800円,一般食で450円 ―となる。これが,「サービス単位原価」である。
一方,患者別に原価を集計するとどうなるだろう。入院から退院までに,一般食5回,流動食3回,特別食1回を食べたと想定すると, 450円×5+300円×3+800円×1=3950円の患者給食コストが当該患者に集計されることになる。
このように,患者単位でコストを集計しようとすると,@サービス単位ごとの資源消費量,A単位コストB原価対象への利用度ーといったより詳細なデータの算出が不可欠である。 @〜Bのデータ算出にはABC(ActivityBasedCosting:活動基準原価計算)の手法がとられることになることから,従来の部門単位や診療科単位の原価計算に比較し,その複雑性が大幅に高まることになる。
例えば,院内の部門設定を100部門に設定するとして,各部門内のサービス単位が平均5つあったとすると,単純計算で500のサービス単位が設定されることになる。この500のサービス単位についてそれぞれ,資源消費量と単位コスト、そしてこれらがどの患者に消費されたのか―という計算をABCの手法を取り入れて行うためには,電子カルテやオーダーリングといったより高度な情報システムの利用が不可欠となる。これらの開発に際して,どこまで原価管理的な視点を盛り込めるか,ということも今後の大きな課題となるだろう。
3 病院経営における原価管理の今後の展開
患者別原価計算や疾病別原価計算の仕組みを構築したとしても,それだけでは単なる計算にすぎない。これを利用して,病院の経営資源が適切に利用されているか,また環境変化を踏まえた経営戦略に合致した利用になっているのか−といった経営支援システムとしての利用が求められることになる。
一般企業においても,環境変化との対話を図りながら企業経営を行うことの重要性が高まってきており,経営戦略における経営計画や利益計画策定の重要性が指摘されている。病院経営も例外ではなく,診療報酬の包括化をはじめとする環境変化に対応した経営支援システムヘの展開が期待されるのである。
バランスト・スコアカード(BSC)
図4
そのための手法として現在,バランスト・スコアカード(以下「BSC」)への関心が高まっているが,このなかにおいても,原価計算を評価指標として利用する事例が報告されている。 BSCは,組緻の使命やビジョン・目標とそれらを達成するための戦略,およびその戦略を具体化するための組織各部門の目標や課題などを組緻内に伝達し,実行につなげるツールである。3〜5つ程度の視点枠組みを設定し,各視点枠組みにおける戦略課題とその成果指標を設定するとともに,指標間の因果連鎖を明らかにすることで,戦略の修正や課題の再検討が組織全体に及ぼす影響を予測することが可能となるものであり,いわば組織全体の戦略的マネジメントシステムであるといえる(図4)。
このBSCは,アメリカにおいて,1980年代以降にマネジドケアによる競争が激化したことから各病院が競争力を高めるため財務面や院床面などの多様な業績側面を包括的・体系的に把握・管理する戦略的経営管理システムとして,1990年代以降に導入が進んだということだ(7)。また現在の日本においても,三重県立病院における先進事例をもとに,BSCの病院経営における適用性とその手法が紹介されており(8),これらのことから,今後の病院経営において,より戦略的な取組みがBSCの活用によって進展することが予想されるのである。
BSCと原価管理の関係
また,このBSC構築における原価管理との関係については,例えば,@財務の視点において,経営基盤の安定という戦略課題を達成するための指標の一つとして,部門別原価計算における管理コスト比率といった指標を設定し利用することや,A内部プロセスの視点において,コスト管理による業務効率化の達成という観点から,部門別コストや疾病別コストといった原価計算データを成果指標として設定すること−−などが,いくつかの事例において報告されている。特に,疾病別コストについては,すべての疾病コストを網羅的に計測するよりも,各診療科における主要疾病におけるコストを成果指標として利用することも考えられる。
このように,原価計算から得られる様々なデータを評価指標として利用することで,より戦略性の高い経営意思決定を可能とすることが考えられることから,今後の原価計算は,BSCとも連動しながら,展開していくことが想定されるのである。
4 まとめ
診療報酬包括化という環境変化は,単純に制度が変わるという意味だけでなく,原価管理の手法における高度化や精緻化が求められると同時に,原価管理にとどまらず,病院経営における定量データに基づく経営意思決定の重要性をさらに高めることが想定される。
このため,今後のシステム開発や院内の業務プロセス改善において,コストや業務負担をかけずに活動レベルのデータを収集する仕組みを検討することや,BSCの開発を進めることで,戦略課題と連携したデータ分析や業績評価への展開など,原価管理の分野における課題についてさらに検討をする必要があるだろう。
【参考文献】
(1)中村彰吾・渡辺明良『実議病院原価計算』医学書 院,2000年
(2)荒井耕『アメリカにおける病院部門内各種サービ ス別原価計算の展開』一橋論叢,第121巻,第5号, 1999年
(3)渡辺明良『クリティカルパスによるコスト管理』 医療マネジメント学会雑誌,Vol.3,No.3,2003年
(4)櫻井通晴『管理会計』同文舘,1998年
(5)『発生源入力とIT技術で原価管理システムを開発』 月刊/保険診療,Vol.58,No.4,2003年
(6)渡辺明良『医療機関におけるバランスト・スコア カードの活用』看護管理,Vol.13.No1,医学書院, 2003年
(7)荒井耕『米国における病院バランスト・スコアカ ードの因果連鎖:現状と課題』経営研究,第53巻, 第1号(281),大阪市立大学経営学会,2002年
(8)荒井耕「北米医療界におけるバランスト・スコア カードの現状と日本における可能性5』社会保険旬報, No.2168,2003年
月刊保険診療58巻7号P10