発生源入力とIT術で原価管理システムを開発
国立国際医療センター(東京都・新宿区)秋山昌範


 これまで医療機関は原価管理にあまり関心を払ってこなかった。まして,原価計算に基づいて正確な揖益を把握している医療機関はほとんどないだろう。診療報酬の抑制で病院経営の改善が求められ,また包括化の動さがあるなかで,いつまでもそれでいいわけがない。とわかっていても,ことはそれほど容易ではない。従来の発想を根本から変える必要がある。
 国立国際医療センターは,まったく新しい設計思想によって,他に類のない原価管理のためのシステム"Leaf"を開発した。それはすべての部門システムを融合した包括的な医療情報システムでもある。

伝票単位から人の活動単位へ
 原価管理システムといっても,現在,一般に医療機関で行われている部門別原価管理のやり方をそのままシステム化しても意味はない。そこで行われている原価処理では,すべての材料費や人件費が診療科ごとに把握されているわけではない。各部門の収益の多寡に従って全体の材料費や人件費を按分して割り当てる配賦方式である。したがって,当然,費用の実態はわからないし,倹約に努めた部門が無駄遣いに励んだ部門の費用までかぶることになり,公平でもない。
 最も望ましいやり方は,一つひとつの医療行為について,人件費も含めた原価を把握し,それを積み上げて患者別なり部門別に算出することだ。そのためには,これまでのような伝票単位ではなく,人の活動単位で費用をとらえていく必要がある。
 例えば,ある日ある患者に注射(A)を処方し,翌日また同じ注射(A')を処方したとする。従来なら伝票単位の処理なので,Aという薬剤を2本消費したという本数管理で終わっていた。ここではAとA'を区別しない。これを原価管理の視点で見るとどうだろうか。AとA'はもはや同じ薬剤ではない。なぜなら,薬剤の調製,混注,投与という一連の医療行為に携わった医療スタッフがAとA'では異なり,そこにかかる人件費も違うはずだからだ。
 Leafではこのように人の活動単位で医療行為をとらえ,それらを逐一記録していく手法がとられており,POAS(pointOfActSystem:医療行為発生時点情報管理システム)と名づけられている。

設計コンセプトはPOAS
図1


すべての医療行為を5W1Hで記録
 POASとはあらゆる医療行為をオーダの発生から実施に至る主要な時点で記録するしくみで.Leafの基本コンセプトだ(図1)。データはいわゆる5W1Hの形式をもっていて,発生源入力を実現している。すなわち,誰が(医療スタッフ),いつ(実施時刻),どこで(実施場所),何を(使用材料),どれだけ(数量),誰に対して(患者),何のために(疾病名),どのように(医療行為)行ったかが記録に残るわけだ。
 材料費や人件費などの直接費以外の間接費は,ABC(活動基準原価計算)の手法で標準原価が設定されており,原価対象に配賦される。そこで,データを疾病名で集約すれば疾病別の損益を,患者で集約すれば患者別の揖益を計算できる。
 さらに,国立国際医療センターは官庁会計で現金主義だが,このシステムでは企業会計の発生主義を取り入れてヴァーチャルな会計簿(貸借対照表,損益計算書等)を作っている。それによって材料の使用後ただちに会計処理を行うので,たとえ売掛払いであっても負債を画面上で確認でき,起票漏れや器具の破損などによって起こりがちな使用量と請求額の不一致(欠損)を極力防げるようになっている。また,月次で原価計算を行う場合でも,現金の出入りではなく医療行為の発生した月次で出と入りを紐付けしているので,厳密な医療の原価がわかる。DPCに対応するには必須の要件だろう。

 ■ 院内のすべての機器が接続
 Leafには院内の各種の機器がつながっていて,実施情報は自動的に取り込まれる。また新規に実施入力のツールとして,バーコードによる携帯端末が開発された。それらの機器と部門システムがどのように連動し,Leafという包括的なシステムを形成しているか,例を挙げて見てみよう。
 例えば,医療部門で放射線技師がCTのシャッターを押した場合,画像は放射線部システムに保存され,誰がいつ何枚どのような条件で撮影したかも記録される。同時に医事会計には保険点数が登録される。このとき,撮影が5枚であっても,実際は研究用や撮影ミスもあるので,医事会計システムには3枚,原価計算システムには5枚というように計上処理される。
 このように一つの医療行為に関するデータが,幾つものシステムで同時に処理されるのだ。

 ■ 物流管理システムと連動
 別の例を挙げよう。医師から点滴のオーダが出たとする。そのオーダは薬剤部や看護部などの関連部門に流れ,調製→監査→出庫→混注→投与という作業手順で進められるが,その作業のつど医療スタッフ,薬剤,患者のバーコードが携帯端末で読み込まれ,その入力データは院内無線LANによりリアルタイムでサーバに伝送され,一元管理される。
 投与後,この実施記録は自動的に看護記録や電子カルテに書き込まれる。このように業務は自動化されており,重複入力のムダを省き,転記ミスなども防ぎ,臨床業務の省力化を果たしている。
 さて,この一連の点滴作業の裏で,実施者に意識されることなく物流管理システムが動いている。まず調剤では有効期限や対象患者の確認を行う。薬剤が払い出されると,薬剤部の在庫を病棟の在庫に移し,看護師が混注を行った時点で消費したものとして,在庫を引き落とす(アリバイ管理)。そして,在庫が一定程度に減少した物品については自動的に発注を行う。
 薬剤が患者に技与された時点で保険点数を医事会計システムに送るが,かりに混注後・投与前に指示の変更があった場合は,薬剤は廃棄処分となり医事請求はできないが,管理会計上は費用として計上される。つまり,従来ならレセプトに上がらない医療行為や医療材料も把捉することができるのだ。

 分散オブジェクト技術によって 部門システムを融合
 このようにLeafにおいては,1つの発生源で生じたデータが関連する部門システムで同時に処理される。各部門システムは融合し,システム間のデータのやりとりが融通無碍だ。しかも,一つひとつの医療行為に5W1Hの情報が付く
からトランザクション(データのやりとり)は等比級数的にふくらんでいくが,Leafの操作性は軽く速い。なぜ,そのようなシステムが可能なのだろうか。
 それを可能になしているのが,インターネットの世界ではおなじみの分散オブジェクト技術(CORBA)だ。
 「そんなふうに話をしてもなかなか信じてもらえない」と苦笑するのは,情報システム部長でLeafの開発者・秋山昌範氏だ。「それはITというものを理解していないからだと思いますね」。
 分散オブジェクトとはネットワークのどこからでもアクセスできるオブジェクト(処理対象)のことで,この技術を使うとネットワークを介して異なるシステム間でデータの処理ができる。
 例えば,医師が見る電子カルテの画面には様々なボタンがあって,そこをクリックすれば検査結果や処方記録など知りたい情報が速やかに得られる。しかし,その電子カルテが検査や処方のデータベースをもっているわけではない。それらはそれぞれの部門のデータベースに格納されていて,電子カルテにはデータの所在場所を示す情報があるだけだ(図2)。
図2 一般に用いられているクライアント・サーバ方式のシステムでは,1画面1データベースが原則なので,あれこれ取り込むとシステムはどんどん重くなるが,分散オブジェクトなら自前でデータベースをもつ必要がないからパフォーマンスが落ちる心配がない。この仕組みは、われわれがふだん使っているインターネットの検索画面を思い起こせば理解しやすいだろう。検索したホームページは瞬時に画面に現れるが,検索エンジンがそのホームページをデータベースとしてもっているわけではない。
 かくして,電子カルテは診療業務に必要な最小限の情報しかもっていない。知りたい情報はそのつどそれぞれの部門システムから引っ張ってくればいいという考え方だ。部門システムを個別に構築してきたマルチベンダー環境にある医療機関でも,この技術によってシステムの統合化を進めることができるだろう。
 また,分散オブジェクト技術は病診連携にも応用でさ,国立国際医療センターは新宿区医師会と協力して,病診連携を堆進する「包括的地域ケアシステム」を構築している。一言でいえば電子カルテを患者の"ホームページ"として地域で共有し,「1患者1カルテ1地域」をめざすものだ(本誌2000年1月号参照)。

 ところで,Leafは他にもいろいろな機能をもっている。その一つを次に紹介しよう。
 医療過誤を防止
 先に挙げた点滴の作業手順でお気づきのように,その一連の手順は医療過誤対策にもなっている。バーコードを読み込んで照合するなかで不一致があると,携帯端末が警告を発する。チェックが行われるのは患者,薬剤,医療行為の組合せだけではなく,投薬の手順や間隔も含まれる。例えば,抗癌剤の投与の前に抗嘔吐剤を投与することになっていて,うっかりそれを忘れて抗癌剤を投与しようとするとたちまち警告が発せられる。
 システム間にリアルタイムにデータが流れるので,オーダの変更があっても即座に反映され,タイムラグによる行き違いもない。
 万が一,医療事故が起こった場合でも,記録に残った5W1H情報によって,事故の原因やその周辺の状況までもかなり正確に追及することができるだろう。
 また,医療材料に貼付されるバーコードは可変情報を扱うEAN128を採用していて,ロット番号などとともにその消費量が記録され,患者と紐付けされるので,たとえ使用後に薬害などの問題が生じてもトラツキング(商品の流通経路の追跡)を行うことがでさる。これも安全管理の役割を担っている。
 これに付け加えると,このシステムではデータの改ざんなどは不可能と思われる。遡ってデータを入れ替えることはできないし,実施時点で不正なデータを入力しようにも,他の部門システムのデータと不整合が生じるからだ。
 以上のように,Leafは複合的な機能をもち,リアルタイムで正確な情報を共有するので,構造的に過誤や不正を防止する仕組みになっている。

 目指すところは病院資源管理システム
 Leafは重層的で多面的なシステムに見える。その基盤となるのがPOASで,それによって収集された膨大な記録は,切り口を変えることでいろいろな価値を生み出すだろう。医学的研究用としてはデータマイニング(データの中から医療上の根拠を掘り起こすこと)があり,秋山部長もすでに幾つかの研究を発表したという。 もっとも,秋山部長がこのシステムで最終的に目指しているのは「病院資源管理」だという。「もともとの私の理念はERP(EnterpriseResourcePlanning:企業資源計画)で,病院全体におけるヒト モノ,カネなどの資瀬を有効に活用するためのシステムなのです」。
 その視点からすれば,POASとは人の行動を管理する手法ともいえ,原価管理システムはその基盤を形成するものだろう。Leafの本体はERPシステムで,電子カルテや看護支援システムなどは仮の姿ということになるが,話がややこしくなるので,ここまでにしておこう。 今後の取組みについて秋山部長は,「このシステムを使いこなせなくては意味がないので,原価計算をもとにした経営判断支援システムなどを作っていきたい」と話す。
 今年からは盛岡赤十字病院で同じシステムが稼動しているとのこと。他の医療機関からの引き合いがすでに30件あまりもきているが,「エンジニアのほうが間に合わない」と秋山部長。 Leafが広く普及し,医療の質の向上と病院経営の改善に役立つことを期待したい。

       (フリーライター 山田雅資)
月刊保険診療58巻4号P38より引用