医療のフリーアクセスをどう考えるか

2014/5/16
本田整形外科クリニック 本田忠


日本の医療の特徴
 皆保険制度と並んで、フリーアクセスが日本の医療の特徴です

 フリーアクセスとは、患者さんが望めば、病院でも診療所でも、自由に受診医療機関を選べる制度です。医療機関へのアクセスがこれほど自由な国は、それほど多くありません。多くの国では、医療機関受診に関しては、かなり厳重なアクセス制限をかけています。たとえば英国では、あらかじめ登録した家庭医(以下GP)からの紹介がなければ、専門医や病院には受診できません。また、GPも予約しないと受診できません。従って、受診まで数日待つということも決して珍しくありません。専門医や病院にかかるのは、その後になるわけですから、日本と比べるとかなり不便なシステムになっています。日本とは雲泥の差です。

フリーアクセスは日本の医療の誇るべき財産です
患者さんは自由に自分の信ずる名医を選ぶ権利がある
 病気になれば名医にかかりたいと思うのは患者さんの当然の権利です。現在の日本は、皆保険制度で、日本全国どこでも統一された価格で、受診できるようになっています。これはいわば医療における基本的人権であろうと思います。

フリーアクセスは医療の質の向上に役立つ
 小泉内閣時代の経済財政諮問会議が「平等主義的な今の医療制度が医療費の無駄を生んでいる という認識から、競争原理を導入するなどして、医療の効率化をはかることを提案している」としました。これは、間違いです。日本においては、どの医療機関でも診療報酬は同じであるという国家統制による「平等主義」が、自由競争による医療費の高騰を抑えました。いわばコストの安い医療制度となった。
 その一方、統制や、平等主義によって生じやすい「医療の質の低下」は、誰もが日本中のどの医療機関に受診できるという「フリーアクセス」で、日本中の医療機関同志を自由競争させることで、防いできたのです。日本の医療は統制経済と自由市場がうまくバランスよく組み合わされている。英国型の官制医療にしても、米国型の混合診療などの自由医療もいずれも問題が出てくると理解しています。

医療を英国型にして、フリーアクセスを制限して家庭医(GP:総合医)を導入すれば、医療の質は低下する
 GPを導入して、ゲートキーパーとして、フリーアクセスを厳しく制限している英国やデンマークなどの医療は、いわば旧ソ連型の「官制市場」で市場の強直化が起こり、3時間待ちどころか、月単位の待ち時間の増大となります。また専門医になかなか受診できい事態となっています。従って単純な骨折でも診断に1か月かかることもまれではないようです。診療所にはレントゲンさえないところも多く、設備が著しく乏しいようです。
 逆にアメリカのごとく、自由競争により医療費が安くなるというのも、大いなる誤解です。豊かな国では、命や健康に関わる問題には、お金を惜しまない人が多いものです。不当に高額の怪しげな療法ですら、ひっかかって、大金を失う人のニュースをしばしば目にします。まして、正当な医療となれば、高額であっても、いや、高額だからこそ、多くの患者が集中することでしょう。米国では医療費は際限なく高騰して、かつ格差社会で、貧しい方は十分な医療を受けられず、社会崩壊の前兆である乳児死亡率が上昇してきています。

フリーアクセスの欠点は
 フリーアクセスは良いことばかりでは当然ありません。以下のごとき問題も指摘されています。
1)大病院への患者集中
 良く話題になっているのは、「軽症」であるにもかかわらず大病院を受診したり、軽い病気で救急車を利用することです。こうした受診行動は、やはりムダが多く、結果として医療従事者の疲弊を招きやすい面があると思われます。
2)医療費の高騰
 仮に同じ疾患の診療であっても、病院の規模が大きくなるほど検査等が多くなるので高額になります。

国はフリーアクセスを制限する予定
 これらの欠点に対し、国にお金がない。高齢化社会で医療費が増えて大変だということで、平成25年12月13日に成立した「持続可能な社会保障制度の確立を図るための改革の推進に関する法律」(プログラム法案)では、国保の合理化や、後期高齢者支援金の全面総報酬割、70〜74歳の患者負担増、高額療養費の見直しなどの医療費抑制策と患者さんの負担増が目白押しです。そのなかで「外来受診の適正化の促進」とありフリーアクセスの制限も予定されています。

フリーアクセスの制限により、皆保険制度の空洞化が進行する恐れがある
 フリーアクセスといっても、日本では、医療費の41%を自己負担(保険料28.4%+窓口負担金12.3%)していて、高いので現時点ですでに症状がある方の23%しか医療機関を受診していません。一方国は26%しか負担していません。自己負担は限度に近いと思われます。これ以上であれば、著明な受診抑制が起こり、医療機関を受診するより売薬で済ました方が安いことになります。医療保険はほとんど意味がなさなくなります。(平成23年度 国民医療費の概況)
国民医療費の構造


患者さんの大病院集中は改善してきている
 幸い統計では全体に患者数は増えていないし、診療所の外来患者数は横ばいから増加傾向です。そういう流れの中で、極端なインセンティブは、アクセス制限は患者さんの権利の制限である以上、あまり望ましくことではないでしょう。
 病院の外来患者数は平成8年をピークに減り続けています。(厚労省;平成22年度我が国の保健統計)
施設の種類別推計外来患者数


病院を選んだ理由( 複数回答)
 病院の種類別にみると、外来は特定機能病院と大病院が「医師による紹介」、中病院は「以前に 来たことがある」、小病院と療養病床を有する病院は「自宅や職場・学校に近い」が最も多く、入院 はすべてにおいて「医師による紹介」が最も多くなっている。(平成23年受療行動調査(確定数)の概況 )
病院を選んだ理由

これらのデータからは、おおむね妥当な受診行動をとっていると思われます。しかし以下のようなデータもあります。一定のご理解は得られているが、まだまだ不十分である。
病院を受診した患者の内、「紹介なし」は外来で83%。
特定機能病院を受診した患者のうち、「紹介なし」は外来で56%。
(外来医療について平成23年11月30日)
入院外来別患者の受診状況


フリーアクセス制限はできるだけ緩やかな方が望ましい
 患者さんの権利の制限になる以上、医療機関へのアクセス制限など、ないに越したことはないわけですが、軽症を診療所で見て、重症例は病院で見るということは、確かに一定の合理性はあります。よってつけるなら、できるだけ緩やかなのが望ましいと思います。

インセンティブの付け方が問題
 よってそのインセンティブの付け方が問われます。あまり極端であれば、患者さんの権利侵害になる。また金銭インセンティブで差をつけるのは、患者さんの負担増となり、現時点で、自己負担がすでに限界に近い上に、プログラム法案で更なる自己負担増が画策されている以上、その方向での大病院受診抑制をかけるのは、あまり望ましくはないでしょう。

金銭的インセンティブは患者さんの負担増になり、あまり望ましくはない
初再診料をいじるのは困難である
 すぐ思いつくのは、初再診料を、診療所を安くして、病院を高くすることです。平成22年診療報酬改定で、再診料について病診の統一が行われました。初再診料を病院を上げればよいですが、診療所にとっては収入の2−3割を占める基本料的な性格を持つものです。しかも他国と比べて、一回の受診あたり医療費は低い。いわば薄利多売の点数設定です。従って診療所を下げるのは困難です。
200床以上の病院の再診に関する付加的課金は可能;選定医療
 200床未満の病院又は診療所から紹介状を持たず、当該病院を受診した患者については、外来診療料又は再診料に相当する療養部分についてその費用を患者から徴収することができる。これは自由に委せて良いかと思います。強制的にするような性格のものではないと思っています。
外来診療料
 外来診療料は,医療機関間の機能分担の明確化,請求の簡素化を目的として設定されたものであり,一般病床の病床数が200床以上の病院において算定する。
病院と外来の機能分担

平成22年度診療報酬改定から、医療事務作業補助体制加算など、勤務医負担軽減策の計画策定が進んでいる。
勤務医の負担を軽減する体制


制度的なゆるいインセンティブが良い
1)外来機能の縮小
 効果がある。ただ、収入への影響が大きいから取り組んでいない例もある。補てんする必要がある。
2)住民の協力:地域住民による救急利用の適正化のための取組例
 県立柏原病院の小児科を守る会などの事例がある。
3)勤務医の努力;逆紹介の推進
 軽症例や安定した患者については、地域の診療所等へ逆紹介を行う取組みついて、診療報酬上の評価を行ってはどうか。
外来縮小による病院勤務医の負担軽減効果

地域住民による救急利用の適正化


まとめ
 フリーアクセスは日本の医療の誇るべき財産です。簡単に捨て去るべきではないでしょう。特に英国型の総合医などを基本とした診療所システムにはするべきではないと考えます。他国で失敗した制度を入れるべきではないでしょう。


参考
持続可能な社会保障制度の確立を図るための改革の推進に関する法律(プログラム法案)
http://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/hokabunya/shakaihoshou/kaikaku.html
平成22年度我が国の保健統計
1-1 医療施設の種類別にみた推計患者数の年次推移
http://www.mhlw.go.jp/toukei/saikin/hw/hoken/national/22.html
平成23年受療行動調査(確定数)の概況
http://www.mhlw.go.jp/toukei/saikin/hw/jyuryo/11/kakutei.html
外来医療について平成23年11月30日
http://www.mhlw.go.jp/stf/shingi/2r9852000001wj9o-att/2r9852000001wje3.pdf
平成23年度 国民医療費の概況
http://www.mhlw.go.jp/toukei/saikin/hw/k-iryohi/11/
外来医療(その2)平成25年6月12日
http://www.mhlw.go.jp/stf/shingi/2r98520000033s56-att/2r98520000033s9z.pdf