医療とコンピューター5月号特集「開業医とコンピュータ」によせて

「医療ネットワークの構築・地区医師会としての取り組み」

           新宿区医師会 中山健児 澤村正之


<序文>

新宿区医師会と国立国際医療センターが中心となって、包括的地域医療情報システム・愛称ゆーねっとを発足、電子カルテの開発のみならず区内の病診連携、診診連携、在宅医療、学校保健に役立てようとする実験が始まった。ゆーねっとが使用する電子カルテの特徴は、患者情報を地域医療圏で共有して診療に役立てようとするもので、「1患者1カルテ1地域」の思想に根ざしている。さて、システムの詳細や基本理念については、このシステム全体の発案者である国立国際医療センターの秋山昌範氏からの詳細な報告を待つこととして、本稿では閉鎖的と見られがちな地区医師会が、このネットを介した情報伝達手段の開発にいかに協力し、どのようにして実際の運用まで漕ぎ着けたか、について紹介する。


<開業医とゆーねっと>

  医療の細分化・専門化が進む中で、地域医療連携推進事業やかかりつけ医推進事業など、診療連携への認識が高まる昨今、個人開業医であっても他医療機関との患者データ共有化を図らざるを得ない時代を迎えつつある、とも言えよう。既に個人レベルでは、電子メールなどを診療連携に用いる試みも各地で盛んに行われている。しかし、御存知のように、全ての医師には法律で守秘義務を課せられており、これをきちんとクリアして医療機関単位で速やかな診療連携を実現することは容易ではない。

  ゆーねっとは郵政省及び通商産業省の「先進的情報通信システムモデル都市構築事業」から補助金を得て、これを実現すべく秋山氏が発想した事業であり、その概略については郵政省のサイト(http://www.k-denkan.go.jp/press10/p1020B.html)等を参照されたい。この包括的地域医療情報システムは、患者情報をイントラネットを介して複数の診療所間や中核病院間で共有し、更に同じネットワーク上で在宅患者宅や災害時拠点となる学校までをも結ぶ壮大な計画であり、われわれ第一線の医師の、まさに理想を現実のものにするだけの可能性を秘めているといえよう。

さて、このシステムを導入することによって、実際の医療の現場で私達医師、ひいては患者にとってどのようなメリットが生じるであろうか、思いつくまま以下に列挙する。

1)患者データを複数の医療機関で共有できるので、投薬や検査の重複を避けたり、放射線被爆線量を減らすことができるであろうこと。

2)セキュリティーの確保に開発費の多くを費やして、今考えられる万全を期しているために、使用する医師や登録する患者にとって安心であり、広く受け入れられやすいであろうこと。

3)医療連携の際の情報の伝達が速やかになり、医師の判断の大いなる助けになるだろうし、複数の医療機関の医師が情報を共有することはお互いに相手を意識することにもなるので、医療の質的向上を図るのに役立つであろうこと。

4)在宅患者宅にテレビ電話システムを置くことにより、医師は診療所に居ながらにして在宅患者の状態を把握して、在宅医療や在宅介護に役立てることができること。

もちろん以上に挙げたのはもう既にさまざまなメディアで紹介されてきたことであり、しかも、ゆーねっとが持つ有用性のほんの一部にしか過ぎない。むしろこのような優れたシステムを得ても、運用するのはあくまでも個々の医師であり、医療連携の根幹はお互いの信頼関係にあることに代わりはない。ゆーねっとは、開業医も勤務医も含めたプロフェッショナルとしての医師集団がカルテ情報を共有して利用することによってより良い医療を実現しようとする試みであるので、先人達が営々と積み重ねてきた「医の倫理への回帰」とも言えるのである。そこで次に、われわれ開業医の取り組みに付いて紹介する。


<立ち上げまでの経緯>

  新宿区医師会はかねてより在宅医療かかりつけ医機能の充実や病診連携・診診連携の強化に取り組んでおり、10年以上にわたり医療供給体制整備協議会という中核病院や大学病院および行政が一体となった他に類を見ない体制作りを行い、これらの事業の推進と実践を行ってきた。しかしことOA化に関しては、都内でも多分後ろから数えた方が早いほどの「後進国」であった。そんな状況下で、1998年6月に国立国際医療センター情報システム部長として赴任された秋山氏との出会いが、新宿区医師会にとって大きな転換を迎えるきっかけになったのである。

 秋山氏に目をつけて新宿区医師会に招聘した中村靖彦会長は、まず手始めに医師会内にOA化検討委員会(後の医療情報化委員会)を設立した。委員は各支部および中核病院から選出されたが、委員達のパソコン習熟度はまちまちで、委員に選ばれてから初めてインターネットに触れた者も多く、委員会の初仕事は、1)会員間にパソコンを普及させること、2)医師会にホームページ及びメールサーバーを立ち上げることであった。

  当初は担当理事や一部委員が希望者の診療所に出向いて端末の購入・各種設定を行なっていたが、機種もソフトもまちまちであり、出向く方も不慣れであったため、作業は夜中の12時を過ぎても終わらないこともままあった。これではたまらないと言うことになり、委員会が改めて推奨したのは、当時あまり注目されていなかった「OCNこみこみパック」(商品名:サザンクロス)であった。プロバイダー契約・IS

DNの工事、端末の設置・各種設定から初心者への電話対応まで全て込みで24万円弱という、我々開業医にとっては大変ありがたい企画であった。これにより、当初20名に満たなかった電子メールが使える会員数が一気に倍増した。この数をいかに増やすか、導入してくれた会員のフォローをどうするかを検討し、我々は以下の3つの計画を立案、実行した。

  まず毎週のように医師会館内で講習会を開催し、そこに行けばいつも誰かに気軽にコンピューターに関する相談に乗って貰えるようにした(名付けて『新宿の母計画』)。また、各支部ごとにOA化の普及の中心となってくれる人材を発掘して、周りに"伝道"をお願いした(名付けて『新宿エヴァンゲリオン計画』)。しかしこの会員同士の互助計画は、NTTの対応が不十分だったことと、何よりも指導する会員の負担が大きすぎたために頓挫した。

  これに変わって医師会で適切な技術者を選び(愛称:新宿お助け隊)、指導が必要な時やトラブルが生じた時に、会員の診療所まで出張サービスをして貰うという契約を結んだ。『新宿JAF計画』と名づけられたこの計画は、医師会がチケット(新宿神頼み券)を会員に配り、会員は利用時に交通費とチケットをその技術者に渡す仕組みで、そのチケットは後に医師会で換金される。この計画は大変好評で一定の成果を上げるとともに、我々の負担を大幅に減らしてくれた。その他、会員がパソコンに習熟するためにメーリングリスト(Kabukicho-ML)を立ち上げ、理事会報告や、趣味、雑談など、テーマを絞らずに会員に興味のある話題を流し続けた。

  同時に医師会の理事会を動かし、時間を掛けて根気よく先輩の会員を説得してまわり、代議員会でサーバー立ち上げの為の予算捻出の議決を全員賛成で頂き、無事サーバーも稼動、ホームページも稚拙ではあるが,我々会員の手作りで立ち上げた。このようにして医師会内部のOA化準備を進めるうちに、おりしも各分野におけるコンピューターネットワーク構築が国家的課題に上り、通産省と郵政省が行う「先進的情報通信システム整備推進事業」の補助金交付を受けるチャンスが訪れた。当初、我々は秋山氏が構想していた上述の包括的地域医療情報システムの全容を理解出来ず、ただの夢物語としか思えなかったが、徐々にその意義を理解するようになり、会長および担当理事の地道な説得が奏効して理事会・委員会一丸となってこれを推進するに至った。

  しかし、このプロジェクトの実現には、補助金と同額の1億円およびさらにその維持費として1億円の、総額2億円を新宿区医師会が負担しなければならず、その捻出には医師会を二分するほどの強い反発が起こった。「本来老朽化した医師会会館を建て直す為に、先輩たちが永年に渡って積み上げてきた医師会の財産を切り崩して、成功するかどうかもわからない夢のような話につぎ込むのは納得できない」というのが主な反対理由であった。構想には賛成するものの「一地区医師会の力では到底なし得ない事業だ」という現実的な意見もあった。討議の過程で興味深かったのはご高齢な会員に「次世代の為にこの事業をなすべきである」と支持する声が多かった反面、中堅や若い会員の中にも反対者が多かった点で、いわゆる「世代のギャップ」とは異なり,賛成派も反対派もこぞって医師会の将来を思っているからこその発言であったことを特記しておきたい。反対派に対して中村会長と中山情報化担当理事をはじめとする理事会・執行部は粘り強く説得した。その結果代議委員会で「夢の実現」の為に、なんと全会一致でゆーねっと構想が可決されたのである。

   ゆーねっとのシステム開発は、秋山氏の指導の下に、(株)ニコンが担当した。ニコンはゆーねっと開発のために社内の医療システム部の中にゆーねっと専用のプロジェクトチームを新設して医師会の医療情報委員会に出席するなど、精力的に

医師側の意見を取り入れ、システムに反映しようと努めた。こうして1998年7月にゆーねっとのための電子カルテソフトである「画郵ProVer.1」が完成し、1年余りの準備期間を経て2000年1月にゆーねっとが世に公表された。


<この稿を終えるにあたって>

  ゆーねっとは無限の可能性を秘めた巨人である。しかし今は生まれて間もない,未成熟な巨人なので、これを守り,育てていくためには大きな時間と,大きなお金と,そしてユーザーであるわれわれ第一線の医師達の大いなる愛情が必要である。ゆーねっとが新宿区にとどまらず日本国中に広まり,医師達とそして何よりも患者さん達の祝福を受ける時こそゆーねっとが初めて完成したといえるのではなかろうか。

最後に、本稿を執筆するに当たってご校閲頂いた国立国際医療センターの秋山昌範先生に深謝いたします.


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