岩岡 秀明
ここ数年のインターネット(以下ネット)の急速な普及により、医療の分野も大きな変革期を迎えている。筆者に与えられたテーマは「ネットが変える医療と人権」であるが、一口に「医療と人権」と言っても非常に多岐にわたるテーマであり、その全貌について解説することは、浅学非才の筆者の能力をはるかに超えている。そこで本稿では「ネット時代の医療と人権」に関して、特に筆者が日頃から関心を寄せている以下の3項目に焦点をしぼり概説させていただくが、紙数の関係から(I)を中心として述べさせていただくことをご了承願いたい。
(I)ネット上の医療相談の現状と問題点
(II)医療におけるプライバシー保護ガイドラインについて
(III)ネット時代の医事紛争の現況
「インフォームド・コンセント」(IC)と「エビデンス・ベイスド・メディスン」(EBM)の普及と実践が特に求められている現在、従来からの「経験的医療」(いわゆる「私の治療」)では、問題が起きた際、大きなトラブルに発展する可能性がある。患者やその家族がネットから各種医療報や医療相談にアクセス出来るようになってきた現状は、とりもなおさず、医療者側にきちんとした「IC」と「EBM」の実践が求められていることを意味している。
以下、ネット上の医療相談の現状と問題点について、筆者の経験も交えながら解説してみたい。
ネットは、極めて有用な情報が手軽に得られるツールであるが、その性質上、得られる情報が「玉石混淆」であることも、また残念ながら事実である。ちなみにヤフー・ジャパンで「医療相談」というキーワードで検索しただけで90件以上ヒットする。このような状況では医療相談の情報発信者(我々医師)及び情報利用者(患者及び家族)の双方に適切なガイドラインが必要となる。「日本インターネット医療協議会」(http://www.jima.or.jp/index.html)が作成し公開している1) 「医療情報発信者ガイドライン」、及び 2) 「医療情報の利用の手引き」、が、発信者、利用者それぞれにつき、代表的かつ有意義なガイドラインと考えられる。インターネット上における医療情報の安全かつ健全な有効利用のために、同協議会に参加する医療関係者が中心になって、行政の規制によらない民間による自主的ガイドラインとして取り纏め作業を行っており、その第一ステップとして作成された「医療情報発信時の利用者告知基準」の細則を表1に示す。一方、2)は表2の如く、主にネット上での情報利用を想定しているが、ネット以外の場で情報を利用する場合にも一般的に当てはまると考えられる。
表1.医療情報発信時の利用者告知基準
A) 情報提供者の氏名又は名称、住所及び電話番号が明示されている。
B) 電子メール又は電話、FAX等により掲示情報に対する問合せ窓口が設置されている。
C) 営利、非営利の目的を問わずインターネットを利用してなされる、診断、治療、助言、相談等の行為を含む全ての情報の提供において、利用者が正しく情報を選択、利用できるよう以下のような配慮がなされている。
(a)提供された情報の内容が、必ずしも常に正しく、すべてのものに有効とは限らないということが告知されている。
(b)上記を踏まえ、情報利用の結果、万一利用者が不利益を被ったとしても、虚偽または善意によらない意図を持って情報提供が行われた場合を除き、基本的には、利用者側の自由な選択、判断、意思に基づき情報の利用がなされたとみなす、いわゆる「情報利用における自己責任原則」が告知されている。
表2.医療情報の利用の手引き
A) どんな情報を利用するか・・・質の高い情報を利用する
a) 情報提供の主体が明確なサイトの情報を利用する
b) 営利性のない情報を利用する
c) 客観的な裏付けがある科学的な情報を利用する
d) 公共の医療機関、公的研究機関により提供される医療情報を主に利用する
e) 常に新しい情報を利用する
f) 複数の情報源を比較検討する
B)どう利用するか・・・情報利用は自己責任で
g) 情報の利用は自己責任が原則
h) 疑問があれば、専門家のアドバイスを求める
C)情報利用の結果は・・・自ら検証する気持ちで、よりよい情報共有を
i) 情報利用の結果を冷静に評価する
j) トラブルに遭った時は、専門家に相談する。
ここでは医師個人、任意団体、学会のホームページ(HP)について、それぞれ代表的な医療相談の実例をご紹介する。いずれも、筆者自身が実際に多くのHPを調べ、また友人医師からの情報を参考にして選んだ意欲的かつ良心的なHPであるが、共通する問題点として以下の点があげられよう。
a) 当然のことであるが、実際の診療では無いため、どうしても病気や症状の一般論的解説になってしまう。
b) メールや掲示板を介してのやり取りであるため、数日間の時間を要する。従って救急疾患や急性の症状は対象にならない。
c) 前医または主治医に、不信または不満を持って相談をされる患者さんもいるが、その場合の回答の仕方に苦慮する。
d) 実際に医療機関や専門医の紹介を希望される患者さんもいるが、原則としてメールでの直接紹介はしていない(この点については、「セカンド・オピニオンを推進させる会」の項で詳しく述べる。)
今でこそ、個人的なHP上で医療相談を行う医師は珍しくないが、兵庫県尼崎市の足立憲昭先生は1996年6月からHPで無料の医療相談をされており、その先駆者の一人と言えよう。患者1人当たりの診療時間が短く、説明も少ないと指摘されている現在の医療体質を変えたい、という動機で始められ、パソコン検索やその豊富な人脈を活かして最新の医療情報を入手、自らの御経験をもとに電子メールで医療相談に回答されており、その誠
実さから数多くのアクセスを得ておられる。同先生によれば、医療と医学に関連した相談であれば制限を設けず、御専門の内科のみならず、産婦人科、外科、耳鼻科と幅広く相談に応じ、医師や海外に住む日本人からも質問などが寄せられている。「専門医を教えて欲しい」という一般的な質問のほか、「胆石と診断されたが、手術しない治療方法はないか」と、患者や家族からの問い合わせが目立つ。また、「アレルギー性鼻炎の薬を飲んでいるが、どのような副作用があるのか」など、病院の診断内容に不安を感じての質問や医師のインフォームド・コンセント不足を反映するような質問が目立っている、とのことである。更に、質問者のプライバシーに配慮しつつ、多くの人達にとって健康・病院受診の参考になるようにと、過去の質問回答集を公開しておられ、その幅広い知識と正確なアドバイスは驚嘆に値する。
1997月4月から、岡山大学医学部の越智浩二助教授が開設している「インターネット医科大学」の特徴を表3に示す。内科、外科、精神科などのほか、整形外科、摂食障害・心身医学科、病院管理学科など、2,000年3月現在、54科の専門家(医師以外にも助産婦、放射線技師等が担当)がメールで回答している。「診療科が判らない」「海外に住んでいて医療の情報が欲しい」などの相談も多い。
以下は、越智先生の言葉である。「問題点もあります。たとえば、『肺がんの末期でいつまで持つか』などの質問も送られてきます。実際に診察していないし、検査所見もないので、お答えできないことも多いですね。性別や年齢のない相談も予想以上に多く、インターネットでは顔が見えない気軽さからか、真剣さの感じられない相談もあります。しかし、電子メールでの医療相談で、医師と患者間のコミュニケーションが少しでも補えれば、と願っています。問題点を克服して、将来的にはインターネットがセカンド・オピニオンの役割を担うようにしていきたいですね」(参考文献:1998.12.25日号 週刊朝日 P116)筆者自身も、本年2月初めから「インターネット医科大学」担当医の一員として参加させて頂いている。まだ僅か1カ月であるが、内分泌代謝科という特殊な専門領域にもかかわらず、既に10名の患者さんから医療相談をお受けしている。このHPのアクセスが多い証拠であろう。患者さんに分かりやすく解説するには、自分自身も勉強しなければならない。その意味で医療相談を担当することは医師自身の学習にもなると考えている。
表3.「インターネット医科大学」の特徴 (越智浩二)
1)複数の診療科での健康相談が出来ます.
2)患者さんだけではなく,医師の質問も歓迎します.
3)インターネット医科大学は優れた教授陣を有しています.
4)閉鎖的空間ではありません.
5)21世紀に向けた医療のあり方を模索していきます.
6)一般の人々と医療関係者間のコミュニケーションの一助となることを考えています.
学会として積極的に医療相談をしている例として、本特集の執筆者のお一人本田忠先生も有力なメンバーでおられる「日本臨床整形外科医会」がある。この学会の特徴についてそのHPから引用する。
『医療の第一線で整形外科診療に従事している、主として開業医と私的病院の勤務医であって、日本整形外科学会会員で構成している団体であります。そして、現在4,500余名の会員を擁しています。日本臨床整形外科医会には、その下部組織として全国都道府県に臨床整形外科医会があり、それぞれに活動しています。本会は臨床整形外科の調査および研究を促進し、広くその進展普及をはかり、よって国民の保健、医療、福祉の増進に貢献することを目的とするとうたっています。この目的にしたがって、学会、研集会の開催や「骨と関節の日」の行事、その他さまざまな社会的活動を行なっています。』
表4に健康相談コーナーの掲示の一部を紹介する。まず会員医師の作成した代表的質問に対するQ&Aを見て頂き、その後、掲示板またはメールで複数の医師が回答する、という良く考えられた親切な構成となっている。学会としてのこのような医療相談に関する積極的な取り組みは、評価に値すると言えよう。現状では、まだ少ないと思われるが、今後増加していくことが予想される。
表4.健康相談コーナーより抜粋
1) 健康相談Q&A
a) 一般の方へのお願い:下記で質問なさる前に、ここをきちんと読んでください。おいおい充実してくると思います。整形外科の専門医の先生がまとめた、質問と回答集です。
b) 先生方へのお願い:一般の方向けにQ&Aを作成してください。投稿ぜひともお願いします。全関節で作成したく思います。まとまりましたら、html化いたします。
2)健康相談掲示板:具体的な質問はここでなさってください。過去に同じようなことを質問なさっている方もいらっしゃると思います。どうか参考にしてください。回答者はいずれも、複数の整形外科専門医の先生方です。
3) 健康相談メール:ここは名前が出ることに抵抗を感ずる方などのための、電子メールによる健康相談です。同じく解答は複数の整形外科の先生が回答いたします。できれば皆さんにみえる、掲示板での質問をおすすめします。アドレスの間違いが多く、返事を出せないケースがあるからです。あなたのアドレスは、半角で記載してください。全角では返事は出せません。
今まで述べてきたのは、実際の診療を伴わない医療相談のみであるが、患者が実際にセカンド・オピニオンを求めて診療を希望する場合、患者自身で適切な医療機関または専門医を探すのは容易ではない。ここでは、1998年6月、医療ジャーナリストの中村康生氏が開設した「セカンド・オピニオンを推進させる会」を紹介する。関東・東海・関西地域の精神科・歯科を除く全ての疾患を対象とし、セカンド・オピニン担当医(B医師)が約600人、B医師が信頼している医師(C医師)が2,000〜2,500人から構成され、その紹介は有料(6,000円)となっており、その利用については表5に示すような手順・条件がある。この会では、現在まで電話による問い合わせは3,000件以上が寄せられているが、実際にセカンド・オピニオンの対象になったのはわずか7〜8%に過ぎないとのことである。
どうしてこのように少ないのか、以下にいくつかの理由をあげてみる。
1) カルテ開示の法制化がなされていない現状では、患者が現在の主治医から、カルテや検査データ等を借りられない、または借りにくいという状況。
2) セカンド・オピニオンという考え方自体に馴染まない、または拒否反応を示す医師がいるために、医師・患者関係に気を使い、なかなか患者から言い出しにくい。
3) セカンド・オピニオン担当医の経験年数、専門分野、勤務地等のデータがHP上で明らかにされておらず、料金6000円を支払ってから初めて専門医を紹介するというシステムのため、紹介される医師について患者側に不安がある。
などが考えられる。
基本的には、医師のほうから患者に「セカンド・オピニオンを求められますか?」とお聞きして、希望者には主治医が信頼出来ると思われる医師を紹介する、という形が望ましいと考える。我が国でも近い将来そのようなシステムに移行していくと考えられるが、現状では、料金の問題は残るにせよ、この会のような組織の意義は大きいと思われる。
表5.「セカンド・オピニオンを推進させる会」
1)申し込みと紹介方法
A医師(主治医)の診察を受けた後、セカンド・オピニオンを希望する患者は、「推進させる会」に、電話、FAX、郵送のいずれかで、セカンド・オピニオンの申し込みをする。「推進させる会」は、登録医(B医師)を紹介する。受診日を決めて、患者は、会からの紹介状、検査データ等を持参し、B医師を受診。B医師の意見がA医師と明らかに異なる場合、B医師は自分の信頼している医師(C医師)に患者を紹介し、サード・オピニオンを依頼する。患者は、同様にC医師を受診する。
2)セカンド・オピニオンを求める場合の条件
a) 主治医に診断・治療方針の説明を十分に受け、それで判断できずに困っている方。医師の説明も十分に聞かずに、感情的にしっくりいかないので、という方は対象になりません。
b) 主治医から検査データ(CT、MRI、エコー、血液検査など)を借りられる方。
c) セカンド・オピニオンは、あくまでも別の医師に意見をきくということで、主治医の診断・治療法を裁定(ジャッジ)してもらうということではありません。
d) 医療訴訟を目的にしている方は一切対象になりません。この会の目的は、ご自身が診断・治療についてよく納得して最終決断をされるためのお手伝いにあるからです。
e) 現在、患者が判断に迷っている治療法が専門的な医師の診断のもとに提示されていることを前提とします。
近年、医療情報の電子化が急速に進み、様々な領域においてプライバシー侵害の危険性が取り沙汰されており、殊に患者の医療情報におけるプライバシー保護が非常に重要な課題となっている。そこで、藤田康幸弁護士が主宰する「医療改善ネットワーク(MIネット)」http://www.mi-net.orgという市民団体では、1999年12月、表6に示した「医療におけるプライバシー保護ガイドライン」を作成し公開、広く世に意見を求めている。
この種のガイドラインとしては、おそらく日本では最初の試みと考えられる。この団体には筆者も参加しているが、今後、全国の医療関係者に医療情報の扱いに際して患者のプライバシーを適切に保護する為の指針として活用して頂けるよう、更に改訂を重ねる予定である。
尚、MIネットは同弁護士の呼び掛けで1998年11月に発足、「すべての市民は医療サービスの受け手です。医療の改善のために自分にできることをしましょう。」をモットーに医療の改善を目指す団体で、会員は、一般市民、医療関係者、法律関係者等合わせて約200名である。(2000年3月現在。)
このようなガイドラインは、今後、医療情報の電子化、遺伝子診断の進歩、ネット上の医療相談の普及とともに、ますますその重要性を増していくと考えられる。
表6.医療におけるプライバシー保護ガイドライン(抜粋)
1) 患者は、自己に関する医療情報で個人を特定できるものについて、自らその情報にアクセスでき、誤りがあった場合には訂正を求めることができるとともに、その情報の開示の範囲等を決定する権利がある。
2) 医療機関およびそこで診療に従事する医師には、医療情報を適切に管理することによって、患者のプライバシーを保護する責務がある。
3) 医療機関は、患者の診療のために必要であって患者(付添者等を含む。)から任意の提供がある場合に、患者の個人情報を収集することができる。診療を理由に個人情報の開示を強要してはならない。
4) 患者個人を特定できる情報は、患者自身の利益を直接の目的とし患者の承諾がある場合以外は、他者に開示してはならない。
5) 患者個人を特定できる医療情報は、患者自身の利益を直接の目的としない場合は、公益目的があり、患者の個別の承諾があるかそれに代わる法律の規定がある場合にのみ他者に開示することができる。
a) 患者に対し情報の開示の承諾を得る場合には、目的と開示される情報の範囲、情報提供を受ける個人・団体の名称及び問題が生じたときの処理手順と責任者を明示しなければならず、包括的な開示への承諾を求めてはならない。
b) 公共の福祉の観点からやむを得ないものとして法律で規定された場合などでも、個人を特定可能な要素はできる限り削除されるべきである。さらに、患者にはその公表事項および公開範囲を通知するものとする。なお、患者の意志に反して情報を開示することを決めた医師はその判断根拠を十分説明する用意ができていなければならない。
6) 患者は、個人を特定できる自らの医療情報について、その開示の目的、範囲、経過、責任者、苦情処理の方法などについての医療機関に説明を求めることができる
7) 医療機関は、精神衛生および遺伝子に関する情報等については、他の情報よりも厳格な管理(収集制限・利用制限等)を行うものとする。
A)医療訴訟増加の要因
司法統計年鑑によると、平成10年度、新たに提起された訴訟件数(新受件数)は629件と過去最高を記録した。近年の急速な医療訴訟増加の要因として重要と考えられるのは、以下の2点である。
1) 患者の権利意識が強くなっていること。「インフォームド・コンセント」、「セカンド・オピニオン」といった、患者の主体性を重視する考え方が広く一般に普及し、医師、医療機関に対して強い権利意識を持つ患者が増加しつつあると考えられる。
2) 前述したように、ネットの普及に伴い医療情報へのアクセスが急速に容易になっている点も指摘できる。患者またはその家族が、ネット上で医療情報を収集し提訴に踏み切ったり、さらには、提訴後、個人のHPを開設しカルテ等の医療記録を公開し医療情報や協力医を探したりしている原告も複数見られる状況である。
B)医療訴訟対策
このような状況下における医療機関の訴訟・紛争対策についての優れた論文が最近発表された。「日本医事新報」3955号(2,000年2月12日号)p73〜78、児玉安司弁護士兼医師による「医事紛争をめぐる今日的状況」である。是非、ご一読をお薦めしたい。以下、 上記論文から「まとめ」の一部を引用させて頂く。(p78)
『医療事故・紛争の実態は、もはや小手先の対応で処理できる限界を越えつつあり、(1)quality improvement(いかに医療の質を改善するか)、(2)patient satisfaction(いかに患者の満足度を高めるか)の両面から本格的な取り組みが必要とされつつある。仮に訴訟に至ったとしても、そこで問われているのは、日常診療におけるEBMとインフォームド・コンセントの実践そのものであることを是非ともご理解頂きたい。』
まさにこの通りであろう。
以上、「インターネットが変える医療と人権」というテーマで、特にネット上の医療相談の現状、患者のプライバシー保護、医療訴訟の現況について概説した。別項で牧瀬洋一先生が書かれておられる「EBMの実践」及び「インフォームド・コンセントの実践」を、日常臨床の場で有効に推進していくことが望まれる。
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